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#008 琵琶湖とその水辺景観
園城寺(三井寺)
正式には、「長等山園城寺」といい、天台寺門宗の総本山で、観音堂は西国三十三所第十四番観音霊場となっている。奈良前期、弘文天皇の息子、大友与太王が建立し、園城寺と号したのが開創と伝わる。その後、第5代天台座主の円珍が延暦寺の別院に改め、諸堂を再建した。円珍の死後、比叡山の山門派と三井寺の寺門派との対立が続き、度々焼失したが、その都度、復興された。最盛時には長等山一帯の広大な寺地を中院、南院、北院に分け、850坪の堂塔坊社を数えたという。延暦寺との長い争いを象徴する弁慶の引きずり鐘(重文)が残されている。山内に入ると、桃山時代の建築美を誇る数々の堂塔、子院が建ち国宝あるいは重要文化財に指定されている。また、近江八景、日本三名鐘の一つとして有名な「三井の晩鐘」は、環境省による「日本の音風景100選」に認定されている。
天智・天武・持統の古代三帝の産湯に用いられたとされる霊泉(閼伽井屋・重要文化財)が境内にあり、平安時代前期にこの水を智証大師が天台儀式の法水に用いられたことが、園城寺の別名である三井寺の名の由来となっている。平安時代後期以降、日本で最も歴史がある巡礼行である西国三十三所観音霊場の14番札所となり、室町時代中期には庶民による巡礼として定着し、堂舎の造営なども行われた。さらに西国薬師霊場・第四十八番札所(水観寺)として、水と深いかかわりのある本尊薬師如来=水の神は、如来の棲まう極楽浄土への信仰として今も人々の尊崇を集めている。水と人々との深い信仰のかかわりがある寺院である。
【文責】 大津市観光振興課
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