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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化
太田家住宅
太田家は、かつて相良家の家臣として人吉に住んでいたが、後に多良木村に移り農業と酒造業を営んだと伝えられる。 建築年代は、形式、手法からみて19世紀中頃(江戸時代末期)と考えられる。建物は寄棟造、茅葺の屋根を2ヶ所折り曲げ、前後に突出部のある曲屋風の外観を持っている。「ざしき」「あらけ」の部分と「だいどころ」「どうじ」の部分の棟を平行にし、前後にずらし「なんど」の部分でつないでできた寄棟造から発展した型の一つと推察される。構造は、上屋(うわや)、下屋(げや)の別はなく、さしもの梁は太いが柱は細く、小屋は扠首と棟束の併用、壁は板壁で、谷樋には凝灰岩を使用している。屋根を折り曲げたL字型の民家のうちでは発展した形態を示し、人吉球磨地方の鈎屋の民家を代表するものとして指定されている。
江戸時代、藩の許可を受け焼酎作りを行っていた民家。焼酎文化の盛行を示す。
【文責】 人吉市文化課
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