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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化
青蓮寺阿弥陀堂
青蓮寺阿弥陀堂は、鎌倉時代に遠江国相良庄(現在の静岡県牧之原市)より下向してきた肥後相良氏の惣領家である多良木相良氏が建立した阿弥陀堂。多良木相良氏3代相良頼宗が永仁3年(1295)に初代相良頼景菩提のため、黒肥地の亀田山に創建したと伝えられる。この阿弥陀堂は飛騨の工匠の造作と伝えられ、現在も堂前に通称「飛騨」という地名が残っている。御堂は五間四面の四注造(しちゅうづくり)の茅葺にして、軒高は約4.48m、軒より棟まで高さ約7.58mの木造大建築で、外観は一見極めて素朴であるが、鎌倉時代の荘重雄健の特色をもった建造物である。堂内は内陣・外陣に分けられ、内陣には本尊の木造阿弥陀如来三尊像が安置されている。三尊とも鎌倉時代院派の仏師法印院玄の作である。円満にして柔和、慈悲深い眼、親しみを感ずる面貌で、鎌倉時代を代表する気品高い彫作である。 本尊は阿弥陀如来で寄木造、玉眼。高さ約98センチメートル、脇侍勢至菩薩像と脇侍観音菩薩像は高さ共に約63センチメートル。阿弥陀堂と同様、永仁3年(1295)の作。 また、阿弥陀堂の後背地には、多良木相良氏一族の五輪塔が立ち並び、青蓮寺古塔碑群として熊本県指定史跡となっている。
鎌倉時代以降の多良木相良氏代々の菩提寺で、民衆の信仰を集めた。郡内に残る中世的な景観の代表的な場所の一つ。
【文責】 人吉市文化課
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