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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化
城泉寺阿弥陀堂
城泉寺(浄心寺)は鎌倉時代の初め(貞応年間:1222~1224)、久米氏によって建立されたと伝えられ、県内最古の木造建築であり、鎌倉仏教文化を代表する古寺。境内には七重、九重、十三重の塔があり、七重、九重石塔が国指定重要文化財となっている(十三重石塔はレプリカ)。もともとの名前は浄心寺だが、大正4年の本尊の旧国宝指定の際、誤記されて「城泉寺」と表記されるようになる。本尊の木造阿弥陀如来三尊像は、三尊とも檜材の寄木造で、中央に主尊の阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩を配している。観音菩薩像には墨書があり、寛喜元年(1229)の作であることがわかり、県内の鎌倉彫刻を代表する優れた仏像で、細部に中国宋の絵画の影響があるといわれており、慶派仏師の作と考えられている。国指定重要文化財の七重石塔・九重石塔は、軸部と笠石とは別材で構成する間層式層塔。各層の四面には阿弥陀仏の掘り出しが見られる。どちらも境内東側に立ち、初重の銘に寛喜2年(1230)と銘があることにより、本尊阿弥陀仏造立の翌年に建立されたものと分かる。 八勝寺阿弥陀堂は、資料が少なく詳細は不明だが、草創は鎌倉時代と考えられる。阿弥陀堂は、平地に西面して立ち、桁行3間、梁間3間、入母屋造、桟瓦葺で、正面に向拝を付けている。堂内は板敷の一室で、格天井を張る。中央背後の壁に接して禅宗様須弥壇を構え、方1間の禅宗様厨子を置く。 八勝寺阿弥陀堂は、15世紀後半に遡るとみられる遺構で、人吉・球磨地方独特の中世社寺建築の古い様式をよく伝え、同地方を代表する中世三間仏堂の一つとして高い価値がある。時代が異なるが,堂内に16世紀後半の厨子が残ることも貴重である。
在地豪族久米氏が建立したといわれるが、その後も相良氏や民衆の厚い保護・信仰を受けて、堂舎と本尊、石塔群が中世の景観を今に伝える。
【文責】 人吉市文化課
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