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#103 砂糖文化を広めた長崎街道
聖福寺
唐僧木庵(もくあん)に師事して名僧の誉れが高かった長崎の人鉄心道胖(てっしんどうはん)のために、時の長崎奉行や在留唐人の有志が一寺を創立したのがこの寺で、興福・福済・崇福の3福寺とは創立の由来が異なる。建築様式は鉄心が修業した宇治の黄檗山(おうばくさん)萬福寺に倣って、朱丹塗りを極力避けているが、黄檗天井・半扉(はんとびら)その他の黄檗様式の特徴はある。 大雄宝殿は、現在の建物は正徳5年(1715)の改築。工匠は長崎の楠原与右衛門。釉瓦(ゆうがわら)は肥前武雄製。 天王殿は長崎唯一の遺例で、宝永2年(1705)に堺の棟梁により建立された。 山門は堺の豪商・京屋宗休(きょうやそうきゅう)が寄進し、堺の棟梁により元禄16年(1703)に建立された。 鐘楼は、天王殿と同じく宝永2年に着手された堺と長崎の棟梁の合作で、遅くとも享保元年(1716)に竣工しており、県内の鐘楼建築では現存する最古のものである。 聖福寺の境内は、山門、天王殿、大雄宝殿、鐘楼、方丈の建物で構成されており、黄檗宗寺院特有の伽藍配置をよく継承し、創立当時の伽藍遺構を構成する一連のものとして、建築史的価値の高い貴重な建造物である。
唐僧木庵に師事し、名僧の誉れ高かった長崎の人・鉄心道胖のため、長崎奉行や在留唐人の有志が創立した黄檗宗寺院。文政 12 年 (1829)に修復料として砂糖一万五千斤の寄進など、砂糖が寄進された記録が残る。
【文責】 長崎市商業振興課
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