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2023.06.06

特集

日本遺産巡り#12◆灯(あか)り舞う半島 能登 〜熱狂のキリコ祭り〜

キリコ祭りのトップバッター
「あばれ祭」を支える人たちの想い

日本海沿岸の交易拠点として栄えた石川県・能登半島では、各地の風習が混じり合い、独特の祭礼文化が発展しました。

毎年7〜10月には、能登半島の各地で「キリコ祭り」と呼ばれる灯籠神事が催されます。高さ最大15メートルにもなるキリコに明かりが灯され、夜の町を練り歩く姿は圧巻です。

能登半島で開催されるお祭りの数は日本一を誇り、夏のわずか3か月間で合計200ものキリコ祭りが開催されます。「夏に能登を旅すればキリコに出会える」と言っても過言ではない、能登半島の名物行事です。江戸時代から途絶えることなく受け継がれてきた、きらびやかなキリコ祭りの歴史と魅力に触れる旅へと出かけてみませんか?
能登名物のキリコ祭りとは?

〝 キリコ〟とは、「切子灯籠(きりことうろう)」を縮めたもの。巨大な直方体の灯籠を掲げた山車(だし)の一種です。

祭りの際には、参加者の手に担がれた多数のキリコが、神輿(みこし)のお供をしてまちを練り歩きます。夜になると灯籠の内部には明かりが灯り、周囲は夏祭りらしい幻想的な雰囲気に包まれます。
地域によって趣向はさまざま、個性豊かなキリコ祭り
ひと口に「キリコ祭り」と言っても、豊穣祈願・疫病退散・航海安全など、祭りの目的や起源は地域によって異なります。キリコの姿形もさまざまで、輪島塗や彫刻などの装飾を施したものや、壮麗な絵巻が描かれたもの、船に乗って海上を移動するものなど、一つとして同じ種類のキリコはありません。

灯籠神事がこれほど集中している地域は、日本でも能登半島だけ。江戸時代から続くキリコ祭りの中には石川県の無形民俗文化財に指定されている貴重な神事も数多くあります。
住民みんなで作り上げる夏祭りの醍醐味
キリコ祭りは、地域の住民たちが総出で参加する祭りとしても有名です。担ぎ手だけでなく、キリコや櫓(やぐら)を組み立てる人々、祭り囃子の笛・太鼓を奏でる人々、祭りで使用する松明(たいまつ)を製作する人々など、多くの住民が力を合わせなければ祭りは成り立ちません。参加者全員が力を合わせることで一体感が生まれ、集落全体が活気づくところもキリコ祭りの大きな特徴です。
つながりを大切にする「ヨバレ」の風習

祭り当日、親類や日頃お世話になっている知人を招く「ヨバレ」では、特別な祭り料理をふるまい、親交を深めます。人と人とのつながりを大切にする能登ならではのおもてなしの風習で、ヨバレに招かれることは地域にとって欠かせない一員であることを意味しています。

地元を離れた若者の中には、盆や正月には帰省せずとも、毎年キリコ祭りの時期になると祭りに参加する方も多いそう。キリコ祭りは、今も能登の人々に根を張り、愛され続けているお祭りです。
キリコ祭りのトップバッター!宇出津の「あばれ祭」

7月から始まるキリコ祭りの先陣を切るのは、毎年7月の第1金曜日・土曜日に2日間をかけて開催される能登町・宇出津(うしつ)地区の「あばれ祭」です。江戸の寛文(1661〜1673年)頃に始まって以来、350年以上も受け継がれてきた伝統神事で、石川県の無形民俗文化財に指定されています。
水や火に神輿を投げ込む、荒々しさ!
あばれ祭は、盛大に燃やした松明の下をキリコと神輿が練り歩いた後、神輿を水や炎の中に投げ込む、荒々しさが最大の特徴です。

1日目は、宇出津の町内会が受け継ぐ40基のキリコが、お囃子や太鼓に合わせて町内を巡行。夜にはすべてのキリコが「いやさか広場」へ集合し、巨大な松明の前で火の粉を浴びながら威勢よく乱舞します。

2日目は、キリコに加えて2基の神輿が登場。神輿を海や川へ投げ入れ、引っくり返すなどの荒々しい巡行を行った後、神社に戻り火の中へ投じます。神輿の原型がなくなるほどに激しく暴れ回ることから、「あばれ祭」と呼ばれるようになりました。
あばれ祭を受け継ぐ人たちの想い

左)キリコ職人 町分浩さん 右)宇出津八坂神社奉賛会 事務局長 八坂神社彌榮太鼓保存会会長 本谷順一さん

能登のキリコ祭りの中でも激しさが際立つあばれ祭について、宇出津八坂神社奉賛会事務局長兼八坂神社彌榮太鼓保存会会長 本谷順一さんに、祭りの由来や運営上の工夫を伺いました。

本谷さん:あばれ祭は、江戸時代に宇出津で疫病が流行った際、それを鎮めようと始まった祭りです。もとは京都の八坂神社(全国にある八坂神社の総本社。疫病を防ぐ神・牛頭天王 スサノオを祀る)の流れを汲んでおり、悪いものを火で清める八坂信仰の考えが強く反映されています。

能登町の八坂神社

あばれ祭が行われるきっかけとなった疫病について、本谷さんは、宇出津特有の地形が原因となり発生したのではないかと話します。

本谷さん:宇出津は山の傾斜地に家が密集しているため、下水処理が不十分だった当時は、上の集落からの生活排水で井戸が汚染されやすい環境でした。江戸時代に流行った疫病は、飲料水から感染するコレラのような病気だったと思います。

そこで、水の中にいる悪いものを清めるために、神輿を川に投げ入れ、最後に神社の火でお焚き上げをする今の風習ができたと考えています。神輿は海にも入るのですが、これは漁師町ならではの、航海の安全や大漁を祈願して行われるようになったものです。

八坂神社に保管されている2基の神輿

宇出津の人々が時代ごとに様々な願いを託し、開催してきたキリコ祭り。しかし、伝統を守りながら後世へと受け継いでいくためには工夫も必要だと本谷さんは続けます。

本谷さん:あばれ祭では一つの町内から一基のキリコを出しますが、近年は担ぎ手が足りず、70〜80歳の高齢者が担ぐことも珍しくありません。小さな集落になると、町を出ていった子どもや親戚に手伝いを頼むところもあります。

他にも、祭りの開催時間が長く、終わりが深夜になることや、「ヨバレ」の料理作りの負担が女性に偏っていることなど、今の時代に合わない部分は改善していく必要があるでしょう。伝統としてのあばれ祭をきちんと受け継いでいくためにも、皆が無理なく参加できる仕組み作りが大切だと感じています。

破損の状態から祭りの激しさが伺えます。

本谷さん:あばれ祭は大変人気のある祭りです。シーズン中、民宿はほぼ満室で、来年の祭りを見るために、一年先の宿を予約して帰る観光客の方もいます。都会に出ていった若者も、祭りの時期には帰ってくることが多いですね。祭りの時にしか会えない友達がいますし、我々がここで一生懸命やっているのを知っていますから。

一日目の松明の光の中で踊るキリコは迫力があって特におすすめです。事前に申し込めばキリコを担ぐこともできます。ただ、祭りを行う側が「ここを見てほしい」と言うよりも、ご自身の五感で思うように体験してもらった方が、この祭りは楽しめるはずです。ぜひ一度、宇出津のあばれ祭を体験しにいらして下さい。
あばれ祭で神輿に随行するキリコは、総勢40基。祭りを取り仕切る人々に加え、これらのキリコ作りを受け継ぐ人々もまた、あばれ祭に欠かせない存在です。宇出津でただ一人のキリコ職人としてキリコ作りを手がける町分浩さんに、宇出津のキリコの特徴やキリコ職人の仕事について伺いました。

町分さん:キリコは毎年2基ほど新しい物を製作しています。宇出津では集落ごとにキリコを持っていて、大体20〜30年ほどのサイクルで新造の依頼がきますね。

キリコ一基あたりの製作期間は7〜8か月ほど。すべての部品を手作りするため、どうしても時間がかかると町分さんは話します。

町分さん:特に宇出津のキリコは、他の地域と比べてもパーツが多いことが特徴です。高さは6メートルほどでキリコの中では小さい部類に入りますが、櫓や台が付いていて造りが凝っています。

それから、同じキリコでも輪島のものは輪島塗ですが、あばれ祭のキリコは白木(塗料を使用していない木地のままの木材)を使います。白木の方が塗りよりも水に強いんです。ただ、松明の間を巡行するので、他のキリコよりも傷みは早いかもしれません。
 

宇出津のキリコ作りを一手に担う責任やキリコ職人の後継者問題については、悩みと希望のどちらもあるといいます。

町分さん:住民の高齢化によってキリコを出せない集落も出始めており、キリコ作りの今後は決して楽観できるものではないと考えています。弟子を取ることも今はしていませんが、私の息子と娘がキリコ作りに興味を持っているので、技術は引き継いでもらえそうです。

自分が作った物でたくさんの人々が笑顔になるのは、やはり嬉しいものです。キリコ職人の技と一緒に、そんな喜びや誇りも次世代につないでいけたら良いですね。
【能登町へのアクセス】
飛行機の場合 羽田―(約60分)―のと里山空港―(自動車で約20分)―能登町
JRの場合 金沢―(JR のと鉄道:約2時間)―穴水―(路線バスで約50分)―能登町
バスの場合 金沢―(北陸鉄道特急バス:約2時間)―能登町
車の場合(福井方面から) 金沢西I.C―(約20分)―内灘I.C―(のと里山海道 珠洲道路 約1時間30分)―能登町
車の場合(富山方面から) 金沢森本I.C―(約20分)―白尾I.C―(のと里山海道 珠洲道路 約1時間20分)―能登町

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開催時期じゃなくても、キリコ祭りの凄さを体感できる「輪島キリコ会館」

日本海に面した輪島の海の玄関口、輪島マリンタウンにある輪島キリコ会館。2015年3月に輪島市塚田町から移転し、リニューアルオープンしました。祭り囃子(ばやし)のBGMや光の演出、能登のキリコ祭りの様子をスクリーンに映し出した映像によって夜のキリコ祭りを再現した館内では、一年中キリコ祭りの雰囲気を楽しむことができます。

1Fの展示スペースには、実際にお祭りで使用される大小およそ30基のキリコが展示されており、毎年お祭りの時期になると、ここからキリコが運び出されます。一番大きなもので高さ10メートルを超えるキリコが立ち並ぶ光景は圧巻。写真や映像だけでは味わえないキリコの迫力を間近で体感できます。

輪島キリコ会館で見逃せないのは、2Fの空中回廊から見下ろすキリコ。普段、見上げているキリコを上から眺める形でじっくりと鑑賞できるのは、県内でもここだけです。

3Fの展望ロビーでは、輪島港と日本海を眼下に望む開放的な景色が楽しめます。また、1Fのフロアから突き抜ける大松明も見逃せません。

キリコに書かれる文字は、下から見上げた時にバランスよく見えるよう、上の文字が大きく書かれています。

館内のショップでは、小さなキリコも販売。お気に入りの祭りのキリコをお土産に買ってみては。
【輪島キリコ会館】
住所 石川県輪島市マリンタウン6番1
TEL 0768-22-7100
営業時間 9:00~17:00
休館日 年中無休

輪島キリコ会館公式サイトはこちら

能登の夏の風物詩とも言えるキリコ祭りは、美しい灯籠の光が印象的な日本の伝統神事。それぞれの地域で独自の発展を遂げたキリコには一つとして同じものがなく、江戸時代から令和の現在に至るまで、祭りを受け継いできた人々の思いを今に伝える貴重な文化資源です。

350年の伝統を守りつつ、今の時代に合わせてより良い方向へと変わるための道も模索しているキリコ祭り。能登の自然と人々が生み出し、代々守り続けてきた、ここでしか味わえない祭りの数々を、実際に体験してみてはいかがでしょうか。
【本稿で紹介した構成文化財】              あばれ祭 (宇出津のキリコ祭り)
能登のキリコ祭り

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※記事の内容は、2023年6月時点のものになります。

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