砂糖文化を広めた長崎街道~シュガーロード~STORY #103

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砂糖文化を広めた長崎街道 ~シュガーロード~ 砂糖文化を広めた長崎街道 ~シュガーロード~
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2026.03.27

一般

長崎が遠い?

長崎街道の地図 

砂糖文化が花開いたシュガーロード
江戸時代、世界で唯一、西洋や中国に開かれていた長崎。
海外貿易の窓口だった長崎から小倉までを繋ぐ道「長崎街道」では、砂糖や外国のお菓子が広まりました。独特の食文化が根付き、個性ある砂糖文化が花開いた長崎街道は「シュガーロード」とも呼ばれています。
遊女に送られる砂糖
 長崎街道「シュガーロード」は、九州各地の大名による参勤交代や、海外の品物や技術、文化を京都や大阪、江戸へ運ぶための街道として栄えました。中でも砂糖は、長崎市内でもさまざまな形で出回り、オランダ商館員や中国商人たちの長崎丸山の遊女へのプレゼントとしても用いられました。長崎丸山といえば、江戸の吉原、京の島原と並ぶ日本三大花街のひとつですが、外国人と交流があったのはここだけ。外国人から砂糖を貰った遊女は長崎会所を通じて銀に代えたとされています。この他、長崎にやってきた中国人やオランダ人は砂糖を贈り物以外にお金の代わりとして使うこともありました。出島のオランダ商館長は帰国の際に、遊女との間に生まれた息子の養育費として白砂糖を60~90トンを残していったという有名な話が残っています。

長崎の甘い砂糖で食べる刺身の写真

長崎を感じる甘い食べ物
 このように当時、砂糖はとても貴重だったため、長崎では砂糖をたくさん使うことが最高のおもてなしとされ、長崎の料理は今でも甘口です。餅を食べるときには、しょうゆに砂糖を混ぜたり、さしみを食べるときには、通常の醤油よりも甘いさしみ専用の醤油を使ったりと、シュガーロードを通じて広まった砂糖文化が現代の食文化に大きな影響を与えました。
 調味料の他、長崎てんぷらも砂糖の甘さを感じる食べ物のひとつです。衣に砂糖を使った長崎てんぷらは、ほんのりと甘いのが特徴。温めても、冷めても美味しくいただけます。和・洋・中折衷の長崎の代表的な伝統料理「卓袱料理」の中でも、長崎てんぷらは欠かせない品物の一つとなっていて、お祝い事など人が集まるときによく食べられています。
 

カステラの画像

長崎をもっと近くに
 長崎には、「長崎の遠か」という言葉があります。砂糖文化が広まった長崎では、長崎=砂糖というイメージが強く、砂糖の味があまりしない料理を食べた時には、砂糖が足りない(長崎があまり感じられない)といったニュアンスで用いられることがあります。
 江戸時代に花開いた砂糖文化が今でも息づいている長崎街道「シュガーロード」。北部九州にはカステラや羊羹、おこし、金平糖など甘くておいしいお菓子がたくさんあります。ぜひ、お菓子の甘さと一緒に砂糖文化を長崎の「近く」でお楽しみください。
 

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