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#076 中世に出逢えるまち
天野川の西側にあり、南側は道を挟んで伽藍と北側に別の子院があり中院と接していた。 1354年(正平9)3月から1357年(正平12)12月まで、とらわれた北朝崇光・光明・光厳の三上皇の御座所となっていたが、光明上皇は1355年(正平10)に、崇光・光厳両上皇は1357年(正平12)環京された。御座所となっていることからも有力な子院の1つであったと思われるが、現在は本坊奥殿となっている。
子院観蔵院は、北朝方の上皇の行宮であり、摩尼院とは隣り合っている。塀を1つ隔て両朝の皇族がいたことを示している。現在は、内部が御所風に設えられている。
【文責】 河内長野市教育委員会 文化財保護課
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