ああ文字サイズ
EN
条件を絞り込む
地域から見る
文化財体系から見る
分野から見る
さらに絞り込む
条件をリセット
#076 中世に出逢えるまち
金剛寺子院摩尼院
天野川の西側、一段西に奥まった伽藍と築垣で接するところにある子院。後村上天皇は1354年(正平9)から1359年(正平14)に観心寺に行幸されるまで、摩尼院を御座所とされていた。このことから、やはり有力な子院であったと思われる。中心建物の書院(客殿)は豊臣秀頼が伽藍を修理したころ再建されたもので、茅葺の入母屋造、妻入の建物となっている。この書院は1965年(昭和40)に重要文化財に指定されており、また築垣、表門は2019年(令和元)に重要文化財に指定されている。
摩尼院は、後村上天皇が行宮とした子院であり、食堂(じきどう)とならび、かつてこの地が天皇が住まう地であったことを伝えている。
【文責】 河内長野市教育委員会 文化財保護課
ストーリーを読む
Google mapで見る
観心寺の彫刻群
金剛寺の彫刻群
大沢街道
天野谷の棚田の景観
史跡金剛寺境内
すべてを見る
日本遺産を探すClick here!