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#087 かさましこ

さいみょうじ(さんじゅうのとう、ろうもん、ほんどうないずし)西明寺(三重塔、楼門、本堂内厨子)

  • 有形文化財
  • 重要文化財
  • 室町時代
  • 栃木県益子町
  • 建造物

西明寺(三重塔、楼門、本堂内厨子) 西明寺(三重塔、楼門、本堂内厨子)

文化財体系 有形文化財/重要文化財
年代 室町時代
所在地 栃木県益子町
分野 建造物

概要

西明寺は、のちに宇都宮氏の家臣となる益子氏が建立しました。紀氏を祖先に持つ益子氏は、本堂内には紀貫之の像も安置されています。天平9年(737)の創建と伝わり、坂東三十三ヶ所観音霊場(札所)に指定されており多くの参拝客で賑わう古刹です。
境内の三重塔、楼門、本堂内厨子は国指定重要文化財となっています。
三重塔は天文12(1543)年ごろ完成。初層が和様、二層が折衷様、三層が唐様の造りです。楼門は明応元(1492)年建立で、唐様で茅葺き入母屋造りで迫力があります。仏像や経典を安置する本堂内厨子は応永元(1394)年建立で、黒漆塗りです。唐戸に12枚ある紋様は全て形が異なります。唐様の組物も美しく、中には秘仏のご本尊木造十一面観音が安置されています。

ストーリーの位置づけ

益子地域を治めていた益子氏は宇都宮氏にとって婚姻関係を結ぶなど重要な家臣でした。また、鎌倉時代から芳賀氏とともに紀清両党とよばれ、その勇猛さを恐れられた武士でした。
西明寺はその益子氏が建立しました。高館山の中腹に中世の寺院、境内には笠間から焼き物技術を伝えた益子焼の陶祖・大塚啓三郎(おおつかけいざぶろう)の碑があります。

【文責】 益子町生涯学習課

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