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2023.10.16

特集

日本遺産巡り#20◆かかあ天下 -ぐんまの絹物語-

女性たちが支えぬいた上州の絹産業。 “織都”桐生のまち並みから、かかあたちの暮らしを感じる

「かかあ天下」と聞くと「女性が強い家庭」をイメージする方も多いかもしれません。しかし、「かかあ天下」とは本来、働き者の女性を指す言葉。古くから絹産業が盛んだった群馬県(上州)の地で、養蚕、製糸、機織りと懸命に働いた女性の夫たちが「俺のかかあは天下一!」と称したことが、言葉の起源とされています。

明治時代には、県内各地に製糸工場や織物工場が建設され、たくさんの織り手(機織りに従事する職人)が、日本の経済発展を支えてきました。織り手の多くは女性。まさに、働き者の「かかあ」なくして、日本の発展はなかったと言えます。

今回は、上州の女性が懸命に働き、現代にまでつないできた「桐生織」の歴史や、繊維のまちの新たな挑戦についてお話しを伺い、「かかあ」たちの暮らしを追体験できる場所、桐生のレトロな町並みを紹介します。

「のんびり座る姿は見たことがない......」働き者のかかあたちが織り上げる「桐生織」の歴史

明治時代から桐生織の帯を世に届けてきた、合同会社 後藤の後藤充宏さん 明治時代から桐生織の帯を世に届けてきた、合同会社 後藤の後藤充宏さん

桐生織の歴史について教えてくださったのは、合同会社 後藤の後藤充宏さん。桐生織の始まりは、なんと約1300年前まで遡るといいます。

後藤さん:西暦714年には、桐生から絹織物が朝廷に献上されたという記録が残っています。長い年月で磨き上げられた桐生織は、1977年に国の伝統的工芸品に指定されました。「桐生織物記念館」の2階では、7つの技法で織られた桐生織が展示されているので、訪れた方はぜひご覧になってみてください。
 
 
桐生が織物のまちとして発展したのは江戸時代。一大消費地である江戸の庶民のニーズを捉えた織物を生み出し、技術を磨いてきました。

後藤さん:桐生織の一つの特徴は、染色した糸を織り上げる「先染め織物」であること。江戸時代に技術革新が起こると、白い布を織った後に、京都の職人に色柄を染めてもらう必要がなくなり、繊細な色柄の織物を桐生エリア内で完成させられるようになったんです。地域一丸となって織物産業に注力した結果、絹織物の生産量がぐっと増え、「御召(おめし)」と呼ばれる高級な絹織物も生産できる力がつきました。
仕事と家庭を支えた、偉大な「かかあ」たち
その後、明治へと時代が移る中で、桐生の織物産業は積極的に西洋の技術を取り入れて機械化を推し進めました。後藤織物も、明治初期に洋式染色技術を導入し、織物の改良を行ったそうです。

後藤充宏さん

後藤さん:機械化を進めたことはもちろんですが、当時の後藤織物を支えてくれていたのは、やはり「かかあ」たちでした。明治の初期には、働き場所を求めて女性が丁稚(でっち)に来ていた記録が残っていますし、最盛期には40人ほどの女性が働いていたそうです。彼女たちは、織り子としての技術を磨き、家庭を持ってからも家業を支え、織り子として当社に働きに来てくれていました。

当時の労働環境や社会常識は現代と大きく異なり、かかあたちが必死で働いてきた現実を、きれいごとで覆ってはいけません。ただ、手に職をつけ、立派に働く女性たちのおかげで桐生の織物産業が発展したことは確かですし、私自身、仕事に家庭にと力を尽くす母の姿を見て育ちました。改めてかかあは偉大だと思います。

チームワークが紡ぐ伝統の技

桐生織物協同組合の理事長も務める、小林当織物代表の小林雅子さん 桐生織物協同組合の理事長も務める、小林当織物代表の小林雅子さん

長年、和装の織物産地として発展を続けた桐生のまち。現代では、和装織物で培われた技術やネットワークを活かし、洋反(洋服の生地)を織る企業も増えました。

桐生の織物産業の強みは「桐生ワンチームのものづくり」と話すのは、洋反を専門に織り上げる、小林当織物(こばとうおりもの)の小林雅子さんです。

小林さん:桐生には、織物素材の販売会社もあれば、刺繍屋さん、染色屋さん、和装屋さん、私たちのような洋反屋さんもあります。そして、その多くが長年、織物にまつわる知識をたくわえ、技術を磨いてきました。まちぐるみで服飾製品の完成をサポートできる体制が整っているので、アパレル業界からの信頼を得られたのだと思います。

私たちは、生地をアパレル会社さんに納めるだけでなく、形にしたいお洋服やその条件についてヒアリングし、最適な生地をご提案しています。製品開発の一部に関わることができているのも、織物のまち桐生で、さまざまな会社とやりとりを重ねてきたからですね。

設備投資にも熱心な小林当織物。大型の機械から繊細な「桐生テキスタイル」が生み出されます 設備投資にも熱心な小林当織物。大型の機械から繊細な「桐生テキスタイル」が生み出されます

現代版「天下一のかかあ」が生まれるまち、桐生へ
「かかあ天下」という言葉が生まれた上州の女性たちの頑張り、と桐生の未来について、小林さんに語ってもらいました。

小林さん:桐生には、家族で小規模な織物工場を営むご家庭も多く、働き者の女性たちは家庭内でもとても頼りにされています。夫と妻というだけでなく、仕事上でも欠かせないパートナーという重責を担っている印象です。

現代でも頑張り屋の女性が多いのに、「かかあ天下」という言葉が生まれた頃の女性は、今以上に苦労があったと思います。「女性が働き、経済的に自立する」という風土は素晴らしいですが、働き方や家庭での役割分担なども省みながら、現代らしい「天下一のかかあ」が生まれる桐生にしていきたいですね。

桐生には、起業家やデザイナー、移住してお店を切り盛りする女性など、多方面で活躍している女性がいます。彼女たちが、のびのび活躍できるまちにできたらいいなと思っています。

かかあたちが支えた「織物産業」の歴史に触れる

後藤織物のノコギリ屋根工場。ノコギリの歯の形に似た、三角屋根が特徴的です。工場内を見学することも可能。(有料・予約制) 後藤織物のノコギリ屋根工場。ノコギリの歯の形に似た、三角屋根が特徴的です。工場内を見学することも可能。(有料・予約制)

では、上州のかかあたちの暮らしを想像しながらのまち歩きへ向かいましょう。

まずは、かかあたちの職場代表として、お話を伺った「後藤織物」を見学させていただきました。桐生の織物産業の象徴、ノコギリ屋根の工場が当時のまま残されています。
 

工場内は大きな窓が取り入れられています。 工場内は大きな窓が取り入れられています。

工場の中に入ると、北向きの屋根に大きな窓が取り入れられています。この窓は、北側から柔らかい光を取り入れ、織物の仕上がりを目で確認するためのものだそう。光は工場の隅々に届き、織り子の技術を支えたといわれています。

後藤織物に残る、ジャカード織機。今にも動き出しそうな迫力があります。 後藤織物に残る、ジャカード織機。今にも動き出しそうな迫力があります。

外から見るよりも、天井は高く見えます。これは、糸を持ち上げ、上下に機械を動かすことでデザインを織り上げていく「ジャカード織機」を稼働させるための空間設計です。
 
【合同会社 後藤】
住所
桐生市東1丁目11番35号
アクセス 桐生駅から徒歩10分ほど。

「織物参考館 “紫(ゆかり)”」で、かかあたちの仕事を体感

昭和50年代まで、桐生織の工場として動いていた建物が利活用されています 昭和50年代まで、桐生織の工場として動いていた建物が利活用されています

後藤織物から徒歩2分、「織物参考館 “紫(ゆかり)”」では、1,200点を超える貴重な資料から織物の歴史を知り、かかあたちの仕事を一部体験することができます。

特におすすめなのが、展示物でもある織り機を実際に動かす「手織体験」。事前に予約をすると、体験専用の織り機でコースターやテーブルセンターを作ることもできます。「無心になれる」と、織物づくりにハマる方も多くいらっしゃるそうです。
機を織る体験もできます
敷地内の展望台からは、「紫」のノコギリ屋根や、吾妻山が眺められます。 敷地内の展望台からは、「紫」のノコギリ屋根や、吾妻山が眺められます。
【織物参考館 “紫(ゆかり)”】
 
住所 桐生市東4丁目2-24
アクセス JR両毛線「桐生駅」から徒歩15分。

かかあ天下 織物参考館“紫”(ゆかり) 公式サイトはこちら

かかあたちから受け継がれた「桐生織」の魅力に触れる

レトロな佇まいの「桐生織物記念館」 レトロな佇まいの「桐生織物記念館」は、映画やドラマのロケ地としても使われるそうです。

1934年、桐生織物同業組合の事務所として建てられた「桐生織物記念館」。桐生織の歴史や技術を知り、その魅力を体験できる施設です。

昭和初期の雰囲気漂う階段を上った2階の「織物展示資料室」では、明治から現代にいたるまでの帯地や洋服地、海外に輸出されていたテキスタイル生地など豊富な織物資料が展示されており、視覚的に桐生織の美しさを感じられます。

桐生織の7つの技法が用いられた和装織物の展示では、それぞれの織り方の個性を見比べることができます。じっくりと、間近で見ていただきたいコーナーです。
7種類の桐生織を見ることができます 7種類の桐生織を見ることができます
1階のショップでは桐生織の和装品、ストールやネクタイなどの洋装品を購入できます 1階のショップでは桐生織の和装品、ストールやネクタイなどの洋装品を購入できます

桐生織物販売場

1階は「桐生織物販売場」。入口から見て左のお部屋に洋装、右のお部屋に和装の桐生織が所狭しと並び、お気に入りの柄の商品を購入できます。シルクのスカーフやネクタイ、織物の御朱印帳などが人気です。
【桐生織物記念館】
 
住所 桐生市永楽町6-6
アクセス JR両毛線「桐生駅」北口から徒歩5分。

桐生織物記念館 公式サイトはこちら

桐生天満宮から、桐生に生きたかかあたちの暮らしを追憶する

町の中心「本町通り」の起点となる、桐生天満宮 町の中心「本町通り」の起点となる、桐生天満宮
桐生新町には、大谷石造りのノコギリ屋根工場が現在も残っています 桐生新町には、大谷石造りのノコギリ屋根工場が現在も残っています
今から約400年前、桐生天満宮を起点とした「桐生新町(現在の本町一丁目から六丁目までと横山町)」が町立てされました。以降、このエリアには織物関係の蔵や町屋、ノコギリ屋根工場などが数多く建てられ、現在では本町一丁目・二丁目全域と天神町一丁目の一部が「重要伝統的建造物群保存地区」の選定を受け、町並みの保存、整備、活用が進められています。
 
【重要伝統的建造物群保存地区】
 
住所 桐生市本町1丁目、2丁目、天神町の一部
アクセス JR両毛線「桐生駅」から徒歩15分ほど

桐生市 公式サイトはこちら

桐生新町の中心地に残るレトロな建物 桐生新町の中心地には、レトロな建物が現在も残っています

レトロな建物を見つけながら散策すると、かかあたちが働き、ときに遊び、自立して生きていた頃の様子が浮かびます。さらに、レトロな建物を活かした新たなお店も立ち寄りたいスポットの一つです。繊維のまちとしてトレンドに人一倍敏感な桐生っ子らしさを感じる町並みを、ぜひ体感してみてください。
 
【群馬県桐生市へのアクセス】
 
住所 桐生市織姫町1-1(桐生市役所)
アクセス 浅草駅から「東武鉄道(特急りょうもう号)」で約1時間40分(新桐生駅下車)

Kiryu Walker 公式サイトはこちら

【本稿で紹介した構成文化財】 桐生市桐生新町伝統的建造物群保存地区
後藤織物
織物参考館 “紫”
桐生織物会館旧館

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