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#016 古代日本の「西の都」
建物などは見つかっていないが、大きな花崗岩の上面に、舎利孔を二段に彫りこんだ塔心礎が残っている。7世紀後半に遡る瓦も見つかっており、古代寺院の存在を伝えている。
出土した軒丸瓦や軒平瓦から7世紀後半の建立と考えられ、大和の山田寺に文様の系譜をたどることができる軒瓦は、筑紫と畿内との確かな交流を示す。『上宮聖徳法王帝説』の裏書の記載から、筑紫大宰帥に任命された蘇我日向が白雉5(654)年に建立した「般若寺」にあてる説もある。街なかに残る塔心礎は、「西の都」成立前夜の仏教文化波及の歴史を語っている。
【文責】 福岡県文化財保護課
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