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#018 相良700年が生んだ保守と進取の文化
勝福寺関連文化財
勝福寺は、平等寺(あさぎり町)に次いで球磨郡内で2番目に古く平安時代に草創された真言宗寺院と言われている。相良氏入部後は衰微していたのを弘安年間(1278~1287)に円鑁(えんばん)という僧により再興され、以後盛衰を繰り返しながら江戸時代までは寺院としてあるが、明治の神仏分離令により廃寺となる。廃寺後、仁王門が移設改造され、金堂の本尊であった木造毘沙門天立像を安置するためのお堂となったのが現在の形である。木造毘沙門天立像は国指定重要有形文化財(彫刻)。胎内墨書銘により平安時代後期の久寿3年(1156)に領主藤原家永夫妻の息災延命・増長福寿を祈って制作されたことが分かる。領主藤原家永とは、相良氏入部以前に人吉球磨地方に根差していた在地豪族の須恵氏と考えられている。像高が242.8cmの巨大な毘沙門天像で人吉球磨地方最大級のものである。 また、谷を越えた隣の丘陵上には、弘安4年(1281)銘の五輪塔を始め数千基ともいわれる石塔が残されており、勝福寺古塔碑群として熊本県指定史跡となっている。
勝福寺は相良氏入国以前の在地豪族の菩提寺ながら、相良氏による保護を受け続けた寺院。
【文責】 人吉市文化課
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