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#073 海女(Ama)に出逢えるまち 鳥羽・志摩
安乗の人形芝居
9月15日・16日の2日間、安乗人形芝居の舞台で行われます。 安乗では人形芝居を「デコ(木偶)シバイ)」と呼び、多くの返還を経ながら安乗神社の祭礼行事として、400年以上もの長い間伝承されてきました。 江戸時代、安乗は、御城米船(年貢を郵送する廻船)が寄港する港として栄えました。そのため大阪文楽の人形遣いの技に加えて、かしら・衣装なども海を渡って入り、文化、文政時代には三人遣いの人形も伝えられて、人形芝居は隆盛を極めました。 安乗港の衰退や大正末期の不況などで、1926年(大正15)年に一時中断されましたが、有志が一座を組織して1950(昭和25)年の初午の祝いで披露されて復活し、安乗人形芝居保存会が結成されました。 1月2日にはニワの浜と弁財天の祠の前で式三番叟が奉納されます。三番叟の三体の人形は、地元では「サンバッサン」と呼ばれ、航海安全と大漁満足を祈願する漁民信仰の神の使いとして長く伝えられ、人形芝居の上演が中断された間も継承され、それを支える祷屋制度も厳格に守られています。 起源は、1592年(文禄元)年に、志摩国の領主、九鬼嘉隆が八幡宮(現安乗神社)に戦功のお礼参りに訪れた際、村びとに人形芝居を許したのが始まりであると伝えられています。
各地で受け継がれる信仰と多様なまつり。安乗地区を中心とした有志による三人遣いの人形芝居。元禄時代に始まり、大正末期に中断したが、昭和25年に復活した。毎年、9月15・16日に行われる。地元には戦国武将の九鬼嘉隆が、文禄の役での海上安全と勝利を祈願して、その成功を祝して人形芝居の実施を許可したという伝承が残っている。また、1月2日に舞い納められる式三番は大漁を祈願するものである。海の安全と密接に結びついた人形芝居は海女たちの娯楽として楽しまれているとともに、信仰を集めている。
【文責】 志摩市生涯学習スポーツ課
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