特集SPECIAL CONTENTS
2026.01.28
特集
日本遺産巡り#52◆出雲の夕日がもっと特別に感じられる!日御碕エリアから始める「神話に触れる旅」
「縁結び」で全国に知られる出雲大社がある、島根県出雲市。この地では、古くから夕日が特別なものとして捉えられ「日が沈む聖地出雲~神が創り出した地の夕日を巡る~」として日本遺産に認定されています。
今回は、出雲市の安田晋也さん、都倉健司さん、ガイドの吉田勝俊さんに現地をご案内いただきながら、日本遺産のストーリーに登場する構成文化財の魅力や神話との関係をご紹介します。「日御碕エリア」を中心にした新しい出雲の巡り方を知ることで、出雲の美しい夕日が、もっと特別なものとして感じられるはずです。
今回は、出雲市の安田晋也さん、都倉健司さん、ガイドの吉田勝俊さんに現地をご案内いただきながら、日本遺産のストーリーに登場する構成文化財の魅力や神話との関係をご紹介します。「日御碕エリア」を中心にした新しい出雲の巡り方を知ることで、出雲の美しい夕日が、もっと特別なものとして感じられるはずです。
出雲市観光交流部インバウンド推進課 主事 都倉健司さん(左)出雲市市民文化部文化財課 文化財保護係 主幹 安田晋也さん(右)
日御碕のシンボル「出雲日御碕灯台」からの絶景と、
出雲グルメを堪能
安田さん:日御碕エリアの魅力の一つは、日本海に面したリアス式海岸の高台から、ダイナミックな絶景を見ることができる点です。日御碕灯台から海を眺め、岩場を散策すると、そのダイナミックさを肌で感じていただけると思います。海の景色を堪能した後に、神聖な雰囲気の日御碕神社を訪れていただくと、きっと晴々とした気持ちになれるはずです。その後、海鮮丼やサザエのつぼ焼、イカ焼きなどのグルメを堪能するのが、日御碕エリアでのおすすめの楽しみ方です。そして、最後にぜひ稲佐の浜で夕日を見てもらいたいですね。
「日御碕ビジターセンター」でプランを立てる
日御碕エリアで日本遺産の旅を楽しむために、最初に案内していただいたのが「日御碕ビジターセンター」。日御碕やその周辺の観光パンフレットが用意されているため、ここから旅のプランを考えるのがおすすめです。4月から11月の間は定時制のガイド、予約制のガイドも行っています(詳細は出雲観光ガイドでご確認ください)。
都倉さん:日御碕ビジターセンターは、出雲で日本遺産の旅をする際の玄関口・拠点となる施設です。観光協会の職員も常駐しており、日御碕エリアだけではなく他のエリアを含めた観光案内をしています。構成文化財を巡りながらエリアを探索していただくために、ノベルティがもらえる「日御碕謎解きラリー(参加無料)」なども行っています。
【日御碕ビジターセンター】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕1089-37 |
|---|---|
| 営業時間 | 9:00〜17:00 |
| 定休日 | なし |
出雲市日本遺産認定ガイドの吉田勝俊さんには、日御碕灯台とおすすめのグルメスポット、月読社をご案内いただきました。
吉田さん:日御碕は島根県有数の観光地です。出雲日御碕灯台と日御碕神社が有名ですが、日本ジオパークにも選ばれていて、豊かな自然を巡る楽しみもあります。ウミネコも毎年3,000〜4,000羽がここに飛んできますよ。日御碕はとにかく夕日が綺麗に見える景勝地ですが、それだけではなく夕日にちなんだ神社や、お祭りがあるのもこのエリアの特徴です。毎年8月7日には「経島(ふみしま)」という島に神職の方が小舟で渡られ、鳥居の方を向いて拝まれます。その時期には、夕日が鳥居に重なるように沈むことも多いんです。
吉田さん:大和国(奈良)が中心だった頃、北西に位置する出雲国は「日が沈む特別な地域」でした。出雲国の中でも一番北西に位置するのが日御碕です。伊勢神宮と日御碕神社が「対の役割」を持っていると言われており、奈良から見て日が昇る方向にあるのが伊勢神宮で、日本の昼を守っていると言われます。日の沈む方向にある日御碕神社は、日本の夜を守る特別な役割を持っています。
「出雲日御碕灯台」から絶景を眺める
吉田さん:明治36年に作られた出雲日御碕灯台は、日御碕エリアのシンボルです。塗り替えなどが行われながらも、基盤としては当時のものをそのまま使用しています。灯台に向かう道に沿って商店街が作られていて、灯台が一つの集落を作り上げたと言っても過言ではありません。43.65mと日本一の高さを誇り、石で作られています。内側はレンガ造で、耐震性のある二重構造です。常時登ることができる灯台は、全国的にもとても珍しく、全国に3,200基以上の灯台がある中で16基しかないそうです。ぜひ、貴重な灯台に登っていただき、上からの景色を楽しんでほしいですね。休日にはライトアップもしていますよ。
【出雲日御碕灯台】
【出雲日御碕灯台】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕1478 |
|---|---|
| 営業時間 | 3月~9月:土日祝9:00~17:00、平日9:00~16:30 10月~2月:9:00~16:30 |
| 参観寄附金 | 大人(中学生以上)300円。小学生以下、障がいがある方(介助の方1名まで)無料。 |
お店ごとに異なる味わいの名物「海鮮丼」を満喫する
吉田さん:日御碕を訪れたら、近海で獲れた新鮮な海の幸を使った「海鮮丼」をぜひ食べていただきたいです。お店ごとにおすすめのネタやタレ・醤油の味が違うので、訪れるたびに食べ比べて、お気に入りを見つけてみてください。お土産には「魚の干物」と乾燥させたわかめを板状にした「板わかめ」がおすすめです。通販を行っているお店もあるので、チェックしてみてください。
今回訪れたのは、お食事・お土産処「花房」。店主の花房芳政さんは「日御碕の沖は、最高の漁場なんです。潮の流れが早いため、ここで獲れる魚は身がしっかりしています。寒い時期にはブリやタイの脂がのって美味しくなりますよ。サザエとお魚のどちらも楽しめる『古事記丼』がおすすめです」と話してくれました。
今回訪れたのは、お食事・お土産処「花房」。店主の花房芳政さんは「日御碕の沖は、最高の漁場なんです。潮の流れが早いため、ここで獲れる魚は身がしっかりしています。寒い時期にはブリやタイの脂がのって美味しくなりますよ。サザエとお魚のどちらも楽しめる『古事記丼』がおすすめです」と話してくれました。
花房芳政さんは、地元の方たちにとって「夕日は神様」だと言います。
取材協力:花房(花房芳政さん)
【花房】
取材協力:花房(花房芳政さん)
【花房】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕1481-1 |
|---|---|
| 営業時間 | 10:00〜16:00 |
| 定休日 | 水曜日 |
全国的にも珍しい!三貴子が近接して祀られる日御碕エリア
日御碕にある御山(みせん)を20分ほど歩くと現れてくるのが、「月読社(つきよみ/つきよみしゃ)」。ここでは、天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)の兄弟にあたる「月読命(つくよみのみこと)」が祀られています。
吉田さん:御山の中腹には宮司家のお墓、宮司家のご夫婦を祀った神社があり、頂上に月読社があります。神聖な山、その頂上という重要視された場所に建てられているのがわかりますね。日御碕神社宮司家の祖先にあたる方が、夢の中に月読命が現れこう言ったそうです。「自分の姉アマテラスと弟スサノオが、この日御碕に祀られたので自分もこの地に祀ってほしい」。そこから、この場所に月読命が祀られるようになりました。天照大御神と須佐之男命、そして月読命が単独でこれだけ近い距離に祀られているのはとても珍しいことです。
【月読社】
吉田さん:御山の中腹には宮司家のお墓、宮司家のご夫婦を祀った神社があり、頂上に月読社があります。神聖な山、その頂上という重要視された場所に建てられているのがわかりますね。日御碕神社宮司家の祖先にあたる方が、夢の中に月読命が現れこう言ったそうです。「自分の姉アマテラスと弟スサノオが、この日御碕に祀られたので自分もこの地に祀ってほしい」。そこから、この場所に月読命が祀られるようになりました。天照大御神と須佐之男命、そして月読命が単独でこれだけ近い距離に祀られているのはとても珍しいことです。
【月読社】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕 |
|---|
「日御碕神社」で神話と夕日の特別な関係を知る
続いて訪れたのが、日本遺産の構成文化財の中でもストーリーの中核を担う「日御碕神社」。宮司の小野高慶さんに、ご由緒や境内で注目してほしいポイントについて伺いました。
小野さん:訪れる方から「起源はいつ頃ですか?」と尋ねられることもありますが、出雲にある神社はいずれも、神様が出てこられるような「神代の昔から」というのがほとんどで、日御碕神社も御多分に洩れずご由緒は遠い昔に遡ります。神道は自然崇拝ですので、日御碕神社では「夕日の神様」、つまり日本海に沈む夕日をお祀りして崇拝の対象としていました。境内には、天照大御神様を祀る下の宮「日沉宮(ひしずみのみや」と、須佐之男命(スサノオノミコト)を祀った上の宮「神の宮(かみのみや)」の2つのお宮があります。
小野さん:須佐之男命は、古代出雲で国作りの元を築かれた後、出雲大社の大国主命(おおくにぬしのみこと)に後をお譲りになって隠居なさいます。その際、ご自分がお住まいになる場所を「柏の葉」を投げて占われたそうです。その葉が風に乗って辿り着いた場所が、出雲日御碕灯台の近くの「隠ヶ丘(かくれがおか)」と言われています。最初に隠ヶ丘で須佐之男命を祀った後、現在の場所にお社を建てお祀りしていると伝えられています。
小野さん:古くから皇室や幕府に大切にしていただき、社殿の造営は古くから勅命を受け行われました。今のお社も江戸時代、徳川家光公ご奉納の建物です。日光東照宮が完成した翌年、家光公が大工さん、職人さんを差し遣わせ造営をされております。当時の最新であった鮮やかな色を塗る「権現造り」で造られているのが特徴です。軒下にはたくさんの彫刻が施されており、外から見えるだけで100近くの彫刻があります。明治の廃仏毀釈の折になくなってしまいましたが、かつては神仏習合でしたから、浜辺の方に「神宮寺」などの仏教施設も多く建てられており、「西の日光」とも呼ばれていたそうです。
小野さん:天照大御神様が最初に祀られていたのは「経島」でした。古くは島の上から日本海に沈む夕日をお祀りしていましたし、海底遺跡が見つかっていることから、それ以前はそちらで祭祀がされていたのではないかとも想像されます。平安時代、村上天皇の勅命で御造営の折に、日の神様を祀る御崎であることから頭に「日」の字を付け「日御碕」と名付けられたと言います。平安時代から江戸時代までは「日御碕大神宮」と呼ばれておりました。
小野さん:参拝方法は一般的な神社と同じく「二礼二拍手一礼」です。夕日の神様ですので、日々の感謝をなさってお参りいただいたら良いのではないかと思います。また、須佐之男命は大変お力の強い神様で、災難除けにご利益があると言われております。地元では古くから「出雲大社の前に日御碕神社にお参りをしなさい」とも言われておりますので、災いや厄を落としていただいた上で、出雲大社で福を受けて帰っていただくのが良いのではないでしょうか。
【日御碕神社】
【日御碕神社】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕455 |
|---|---|
| アクセス | 日御碕ビジターセンターから徒歩15分 |
海岸線に残る神話にまつわるスポット
日御碕から稲佐の浜までの海岸線沿いにも、神話と夕日にまつわる場所がたくさん残っています。それぞれの場所について、安田さんに解説していただきました。
神々の力比べによってできた「つぶて岩」
安田さん:大国主命の息子:建御名方(たけみなかた)と、高天原の遣い武甕槌命(たけみかずちのみこと)が力比べをして、稲佐の浜からこの辺りに石を投げたそうです。力が互角だったことから、同じ場所に石が落ち、それが積み重なってできたのが「つぶて岩(島)」と言われています。この辺りは一つの岩からできている島が多い中で、ここは本当に上からたくさんの岩を投げたように見えるんです。日御碕や出雲大社から、レンタサイクルでこの辺りまで来られる方もいます。遊覧船のコースもあり、最後は稲佐の浜まで行くので、海側から「神様の目線」で眺めてみるのもおすすめですよ。
【つぶて岩】
【つぶて岩】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕 |
|---|
◆◆◆◆◆
国譲りとは?
古事記 国譲り神話
天上界:高天原(たかまがはら)を治めるアマテラスは、オオクニヌシが治めている地上界:葦原中ツ国(あしはらのなかつくに)は、わが子のオシホミミが治めるべき国だと仰せられ、オオクニヌシに国を譲るよう要求。アマテラスの使者として派遣されたタケミカヅチは稲佐の浜に降り立ち、波打ち際に長い剣を逆さに立て、切っ先の上に胡坐(あぐら)をかいてオオクニヌシと談判した。オオクニヌシは「自分の一存では何とも答えられない。言代主神(ことしろぬしのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)がよいといえば、お譲りしましょう」と 言った。コトシロヌシは「この国はアマテラスの御子に差し上げましょう」と答えた。一方、オオクニヌシのもうひとりの子、タケミナカタは 国譲りに反対し力比べを申し出たが、タケミカヅチとの力比べに敗れ、諏訪湖(長野県)まで逃げてしまった。ふたたびタケミカヅチがオオクニヌシに国譲りの意思を問うと、オオクニヌシは「私には何の異存もありません。ただひとつ、国を譲る代わりに、私の住処として、高天原の大神の御殿と同じように、大磐の上に太い柱を立て、大空に千木が突き出ているような立派な宮を建ててほしい。」と願い出た。国を譲ったオオクニヌシは、代わりに条件であった立派な宮(出雲大社)へ住み幽界(目に見えない世界)を治めるようになった。
天上界:高天原(たかまがはら)を治めるアマテラスは、オオクニヌシが治めている地上界:葦原中ツ国(あしはらのなかつくに)は、わが子のオシホミミが治めるべき国だと仰せられ、オオクニヌシに国を譲るよう要求。アマテラスの使者として派遣されたタケミカヅチは稲佐の浜に降り立ち、波打ち際に長い剣を逆さに立て、切っ先の上に胡坐(あぐら)をかいてオオクニヌシと談判した。オオクニヌシは「自分の一存では何とも答えられない。言代主神(ことしろぬしのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)がよいといえば、お譲りしましょう」と 言った。コトシロヌシは「この国はアマテラスの御子に差し上げましょう」と答えた。一方、オオクニヌシのもうひとりの子、タケミナカタは 国譲りに反対し力比べを申し出たが、タケミカヅチとの力比べに敗れ、諏訪湖(長野県)まで逃げてしまった。ふたたびタケミカヅチがオオクニヌシに国譲りの意思を問うと、オオクニヌシは「私には何の異存もありません。ただひとつ、国を譲る代わりに、私の住処として、高天原の大神の御殿と同じように、大磐の上に太い柱を立て、大空に千木が突き出ているような立派な宮を建ててほしい。」と願い出た。国を譲ったオオクニヌシは、代わりに条件であった立派な宮(出雲大社)へ住み幽界(目に見えない世界)を治めるようになった。
◆◆◆◆◆
夕日と海のあまりの美しさに絵師が筆を投げた「筆投島」
安田さん:ここは出雲の綺麗な夕日を物語る象徴的な場所です。平安時代の宮廷絵師である巨勢金岡(このせかなおか)が綺麗な絵を描こうとここへ来たのですが、夕日の変化する色合いや美しさから「もう描けない」と筆を投げたと言われています。日御碕からこの筆投島の辺りは高い場所にあるため、波風がない時には海に「夕日の道」を見ることができますよ。
【筆投島】
【筆投島】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町日御碕 |
|---|
国譲りの話し合いをした「屏風岩」
安田さん:稲佐の浜からすぐの場所にある「屏風岩」は、出雲国を造られた大国主命と、高天原からの使者である武甕槌神とが、屏風の陰で話し合いをした場所と言われています。武甕槌神が稲佐の浜に剣を差してあぐらをかいたところ、大国主命が「ここで穏やかに話しましょう」と言ったそうです。大国主命はとても穏やかな神様なので、そういった返答が相応しいように感じますね。
安田さん:大国主命は国譲りについて「わかりました」と伝えましたが、「私の一存では決められないので、息子にも聞いてくれ」と、美保神社に祀られている事代主命(ことしろぬしのみこと:恵比寿様)のところへ向かったと言われています。古事記には「諸手船(もろたぶね)」と呼ばれる船で使者をつかわしたとあり、この神話の一場面が、今でも「諸手船神事(もろたぶねしんじ)」として残っています。
【屏風岩】
【屏風岩】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町杵築北 |
|---|
稲佐の浜で特別な夕日を眺める
安田さん:出雲神話(国譲り神話)の舞台として知られるのが、ここ稲佐の浜です。13.5kmほどの砂浜が広がっていますが、古事記には「伊耶佐(いざさ)の小浜」と書かれているように、昔は小さな砂浜だったそうです。神在月(旧暦10月)には、ここで出雲大社の「神迎神事(かみむかえしんじ)」も行われます。そこから1週間は神議り(かみはかり)によって神様があらゆるご縁を会議するため、地元の方は「お忌(い)みさん」と言って静かに過ごす風習も残っています。
安田さん:ろうそくなどの火しかない時代は、「日が沈む」ということに対し「夜が来るのがこわい」「明日が本当に来るのか」という恐怖があったはずです。だからこそ、今よりも無事に一日が終わったことへの感謝も強かったと思います。今でも、出雲の人は夕方の挨拶として「ばんじまして(晩になってきましたね)」という言葉を使うように、夕方を特別な時間として捉えているんです。
安田さん:日が沈むことには「蘇り(黄泉帰り)」という考え方もあります。ぜひ、1日過ごせたことに感謝をしつつ、ゆっくりと夕日を見ながら「明日も頑張ろう!」というエネルギーを持って帰っていただければと思います。
都倉さん:私自身、稲佐の浜の夕日を見ながら「明日も頑張ろう!」という気持ちになった経験が何度もあります。今回は日御碕エリアを中心にご案内しましたが、他にもたくさん文化財があるので、数日かけてゆっくりと巡っていただければと思います。
出雲の夕日は、美しさだけではなく、古くから神話とともに語り継がれてきた特別な存在です。日御碕エリアを巡ることで、夕日に込められた信仰や歴史、そして自然の雄大さをより深く感じることができます。出雲には、他にも多くの構成文化財が点在しています。訪れるたびに新たな発見があるはずです。ぜひゆっくりと日本遺産を巡る旅を楽しんでみてください。
【稲佐の浜】
都倉さん:私自身、稲佐の浜の夕日を見ながら「明日も頑張ろう!」という気持ちになった経験が何度もあります。今回は日御碕エリアを中心にご案内しましたが、他にもたくさん文化財があるので、数日かけてゆっくりと巡っていただければと思います。
出雲の夕日は、美しさだけではなく、古くから神話とともに語り継がれてきた特別な存在です。日御碕エリアを巡ることで、夕日に込められた信仰や歴史、そして自然の雄大さをより深く感じることができます。出雲には、他にも多くの構成文化財が点在しています。訪れるたびに新たな発見があるはずです。ぜひゆっくりと日本遺産を巡る旅を楽しんでみてください。
【稲佐の浜】
| 所在地 | 島根県出雲市大社町杵築北 |
|---|
| 【この記事で紹介した構成文化財】 | ・出雲日御碕灯台 ・日御碕神社 ・月読社 ・筆投島 ・つぶて岩 ・屏風岩 ・稲佐の浜 ・神迎神事 ・出雲国風土記(日御碕本) |
|---|






