藍のふるさと 阿波〜日本中を染め上げた至高の青を訪ねて〜STORY #081

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藍のふるさと 阿波 〜日本中を染め上げた至高の青を訪ねて〜 藍のふるさと 阿波 〜日本中を染め上げた至高の青を訪ねて〜
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  • 西麻植八幡神社の本殿玉垣・奉納石碑

    西麻植八幡神社の本殿玉垣・奉納石碑

    西麻植八幡神社は、日本遺産「藍のふるさと阿波」の構成文化財である「工藤家住宅を中心とした藍関連文化財群」の構成要素となっています。
    本殿玉垣には、工藤源助、工藤乕吉、工藤和喜太、麻植松太郎などの藍商や、日本郵船の社長を務めた近藤廉平などの名が刻まれています。
    奉納石碑には、工藤半平、工藤源助、工藤乕吉などの藍商や、東京計器の創設者である和田嘉衡などの名がみられ、多額の寄付を行っていることがわかります。

    徳島県吉野川市鴨島町西麻植字檀ノ原155-1

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  • 川島城址

    川島城址

    城跡は標高40mの「城山」と呼ばれる丘陵一帯に展開しています。北麓は吉野川中流域右岸に面し、船着き場に適した湾入地形です。また、南麓は伊予街道に面しており、水陸ともに交通の要衝であったことがわかります。この交通の要衝を支配するため、近接する岩山(古城山)に川島城が築城されたと考えられています。
    築城に関する資料は残っていませんが、1573(天正元)年に現在の川島町桒村の植桜一帯で起こったという上桜合戦において功績のあった川島兵衛進惟常が三好氏から領地を与えられ築城したといわれています。1585(天正13)年に蜂須賀氏が阿波に入国してからは、徳島城の支城である阿波九城の一つとなり、林能勝(道感)が城番となりましたが、幕命の一国一城令によって廃城となりました。城が築かれた山は「古城山」と呼ばれ、現在は本丸、二ノ丸、三ノ丸の痕跡とみられる地形が残っています。また、川島神社参道の大鳥居から現在の国道192号を挟んで南に延びる伊予街道沿いは、郷町として繁栄した町並の名残が垣間見えます。
    なお、城跡の東側にある現在「川島城」と呼ばれている鉄筋コンクリート造の建物は、1981(昭和56)年に勤労野外活動センターとして建設されたものです。現在は閉館しています。

    徳島県吉野川市川島町川島210-1

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  • 岩の鼻展望台

    岩の鼻展望台

    岩の鼻展望台は、川島町川島の「城山」と呼ばれる丘陵に位置しています。城山一体は「川島城址」として、吉野川市の史跡に指定されています。
    展望台からは、日本最大の川中島である善入寺島(粟島)や、川島潜水橋を臨むことができます。善入寺島は、1916(大正5)年まで506戸3000人が住んでいました。善入寺島に架かる川島潜水橋は、日本遺産に認定されている「四国遍路」の四国霊場第10番札所切幡寺から第11番札所藤井寺を結ぶ遍路道でもあり、多くのお遍路さんが歩いています。5月には、「最後まで残った空海の道ウォーク(平地コース)」が開催され、約500人の参加者がウォークを楽しんでいます。

    徳島県吉野川市川島町川島210-1

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  • 吉野川市文化研修センター

    吉野川市文化研修センター

    吉野川市文化研修センターの指定管理者である特定非営利活動法人吉野川市文化協会は、吉野川市における豊かな芸術文化の伝承・創造と普及発展を図るため、市民講座や文化講演会を始めとし、子ども対象の事業など多彩な企画を推進して、市民の文化的な生活に寄与しております。
    市民講座では、藍染教室も行われておりますので、ぜひご参加ください。

    徳島県吉野川市鴨島町鴨島696-14
    0883-22-0015
    http://www.yoshi-bunka.jp/

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  • 鴨島公民館 藍蔵を模した建築物

    鴨島公民館 藍蔵を模した建築物

    鴨島公園内に建設された、藍蔵を模した地上5階建て615席の大ホールを擁する公民館である。
    建設当時(昭和50年代前半)は、町内には大小多数の藍屋敷が残っており、藍染料を造っていた歴史や文化が語り継がれていたことを裏付ける資料でもある。
    また、藍屋敷や藍蔵が次々に失われつつあり、藍で栄えた痕跡を後世に残さなけらばならないという強い危機感や思いが込められ、このデザインが採用されたと考えられる。

    徳島県吉野川市鴨島町鴨島甲1-1
    0883-24-5111

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