藍のふるさと 阿波〜日本中を染め上げた至高の青を訪ねて〜STORY #081
みどころspot
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上桜城跡
本丸と西の丸という2つの不定形の曲輪から成っています。本丸は、北面に水運路である吉野川と陸運路である伊予街道を一度に見渡すことができる眺望です。
戦国時代には篠原長房(?~1573)の居城であり、阿波国の戦国大名であった三好長慶(1522~1564)の弟である実休(1527~1562)に仕えました。三好家家臣団の中心となって活躍しましたが、長房の台頭をおそれてか、守護細川真之と主君三好長治が1573(あるいは1570)年に上桜城に攻め込み、長房を討ちました。この戦は上桜合戦(あるいは川島合戦)と呼ばれ、阿波戦国史の一つの画期でした。徳島県吉野川市川島町桑村 続きを読む
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岡の宮の大クス
岡上神社の境内にあり、樹齢700年と推定されるクスの木。高さは約35m、根回りは約25m。一つの根から幹が三つにわかれ、うち一つが二つに分かれて四つの幹がせり合うように並立している。荘厳な雰囲気を醸し出している。
木の傍らには、明和5(1768)年建立の石碑があり、船を造るために木を差し出せとの命令があったが、許されたと記されている。(県天然記念物 昭和48年8月21日指定)徳島県板野郡板野町大寺字岡山路7 続きを読む
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玉林寺のモクコク
モクコクは、モッコクともいわれており、ツバキ科の常緑高木で、樹高は15m、直径80cmほどまでになります。仏教に縁がある木といわれるほか、庭木として一般的なものの一つです。
玉林寺のモクコクは、樹高13m、樹周は地上から1mの高さで2mにもなる老樹です。推定樹齢は約300年です。
現在の鐘楼が建立された明治時代末期頃までは、鐘楼が台風によって倒壊してしまっていたために、この木に鐘を釣っていたといわれています。徳島県吉野川市鴨島町山路 続きを読む
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岩戸神社甌穴
甌穴とは、河床にできたくぼみに入りこんだ礫が渦流によって回転し、時間をかけてその部分を円形に穿ったものです。
岩戸神社付近は、昔吉野川の河床であったといわれており、岩戸神社の甌穴はこの地域の旧地形を考える上で貴重な資料です。
『阿波志』(藤原憲1815)の記述によると、甌穴の中に溜まっている水は聖水であり、枯れることも溢れることもなく、人々はこの水を病の治療に使ったということです。甌穴のうち、最も高所にあるものは直径、深さともに約35cmで、内部は常に水で満たされているといわれています。徳島県吉野川市山川町岩戸 続きを読む
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武知家住宅
武知家は江戸時代中頃の享保11年(1726)に地元の百姓元兵衛が別家して天満屋元兵衛を名乗り初代となって以来、現在まで藍染料を製造・販売する藍師・藍商の屋敷です。武知家住宅は、嘉永4年(1851)から明治9年(1876)までの約25年の歳月を費やして完成しました。
武知家住宅も田中家住宅と同じく、南北約80m、東西約70mの高石垣の敷地に、中央に配置した主屋の周りを建物が取り囲む藍屋敷らしい屋敷構えで建てられています。中でも雄大かつ豪壮と評される主屋の偉容は、往時の藍商人の財力をうかがわせます。また、藍屋敷の建築・維持の経済的基盤となった藍業に関する古文書資料も豊富に遺されており、日本遺産の構成文化財になっています。そして、現在も昔ながらの蒅づくりが行われ、阿波藍最盛期の作業場所・道具・方法などが一体的に継承されている稀少な例です。武知家住宅は建造物そのものの価値はもとより、史料や蒅づくりも含め、複合的な歴史的価値をもつ貴重な文化財です。国重要文化財(平成30年12月25日指定)
徳島県石井町高川原天神133 https://www.town.ishii.lg.jp/docs/2018100400154/ 続きを読む