尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市STORY #014

シェアして応援!SHARE

天寧寺塔婆から箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
千光寺 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
ベッチャー祭り 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
西國寺 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
坂道と路地 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市
浄土寺 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市 尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市

ストーリーSTORY

尾道三山と対岸の島に囲まれた尾道は、
町の中心を通る「海の川」とも言うべき
尾道水道の恵みによって、
中世の開港以来、瀬戸内随一の良港として
繁栄し、人・もの・財が集積した。
その結果、尾道三山と尾道水道の間の
限られた生活空間に
多くの寺社や庭園、住宅が造られ、
それらを結ぶ入り組んだ路地・坂道とともに
中世から近代の趣を今に残す
箱庭的都市が生み出された。
迷路に迷い込んだかのような路地や、
坂道を抜けた先に突如として広がる風景は、
限られた空間ながら実に様々な顔を見せ、
今も昔も多くの人を惹きつけてやまない。

尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市

船に乗って尾道水道を進むと、川を遡っているような感覚になるだろう。尾道水道は、瀬戸内海に面した港町尾道と対岸の向島に挟まれた幅狭の水道で、いわば「海の川」である。利便性の高い「海の川」は重要な交通路として多くの商人に重宝され、尾道は、中世には瀬戸内海の人・もの・財が集積する港町として発展した。

この尾道水道と尾道三山(大宝山・摩尼山・瑠璃山)に縁どられた狭小な空間には、町の発展とともに多くの寺社が建てられた。寺社が増えるに従い、その周辺に更に家々が密集して建ち並び、現在の水道間際まで家々がせまる風景が作り出されることとなった。

船上から尾道を眺めれば、尾道三山と街の景色が一望できる。それぞれの山腹に中世の塔がそびえたち、その眼下には寺社と家々がひしめき合って山の斜面に建ち並んでいて、その間を縫うように路地と坂道が続いている景色である。

尾道の住民は、尾道水道とともに生き、暮らしてきた。

左:尾道水道と斜面地の景観/右:尾道水道と斜面地の景観 左:尾道水道と斜面地の景観/右:尾道水道と斜面地の景観


「この所のかたちは北にならびて、あさぢ深く岩ほこりしける山あり。ふもとにそひて家々所せくならびつつ、あみほすほどの庭だにすくなし。西よりひんがしに入うみとをく見えて、朝夕しほのみちひもいとはやりかなり。風のきをひに従ひて、行くる舟のほかげもいとおもしろく、遥なるみちのくつくし路のふねも多くたゆたゐたるに、・・(略)」

この名文は、南北朝時代の著名な武将であり歌人の今川了俊が書いた紀行文『道ゆきぶり』の一節である。中世の尾道の様子を最も美しく表した文章で、尾道三山と尾道水道に囲まれた港町に網を干すほどの庭も少ないほど、家々が密集しており、尾道水道は潮の流れも速く、風の吹くまま行き交う船の帆影も面白く、遠く東北や九州への船も寄港しているなど、当時から既に自然の良港として、瀬戸内随一の港町の発展の様子がうかがえる。

桟橋で船から降りると、太鼓の音やにぎやかな町の声が聞こえてくる。町中では四季折々の祭礼や伝統行事が行われており、細い路地でひしめき合う住民の中を、神輿などが練り歩き、町全体が活気にあふれている。

桟橋から斜面地に足を向けると、山麓の約2kmの範囲に今も中世から続く25の寺院が並び立っている。これらの寺社や住宅をつなぐ路地や坂道をたどれば、目の前に突然、寺院の大きな屋根や庭園をもつ住宅が現れたりする。また、斜面地には、生活に必要な井戸が点在し、その傾斜を利用して二階井戸が生まれ、坂道の上下の住宅で共有して井戸が使える仕組みができるなど、路地と坂道に点在する井戸端が、住民が集まる立体的な空間となっている。

こうした路地や坂道が尾道の生活基盤となっており、寺社や住宅、庭園そして港、尾道水道をつなげ、人々をつなげている。その路地や坂道を作り出している石段、石畳、石垣などは全て岩山である尾道三山から切り出された石でできていて、尾道は狭小な空間に展開する巨大な石造物といえる。路地や坂道を歩けば、こうした石垣や石段、井戸、さらには、寺社の石塔や狛犬、燈籠などの美しい石造物や巨岩に出会うことができる。斜面地では、不思議と祭りの喧騒もなく、静かで穏やかな時間が流れている。

また、ふと振り返ると、坂道から対岸の向島や尾道水道、そして尾道の町並み全体を見渡すことができ、寺社や住宅と一体化した石造物に囲まれ、山と海と地域の一体的な景観の中にいる感覚を体験することができる。

尾道に住んだ志賀直哉は小説『暗夜行路』で、対岸の向島から石切場の人々の唄や作業の音が聞こえてきたり、千光寺の鐘の音がすぐ反響することなど、箱庭的要素を描き出した。現在でも対岸の造船所の音や尾道水道を通る船の音などが町中で聞こえてくる。

斜面地から下ると、境内を線路や道路で分断された寺社を抜け、密集した家々とそれをつなぐ細い路地が見える。路地に一歩入ると、その先には神社や近代的な建物、住宅を改装したお洒落な店舗など、尾道が歩んできた様々な時代の文化を感じることができる。

このように、尾道では路地と坂道が複雑に入り組み、さらに人を迷わせ、迷路に迷い込んでしまったような感覚を体験できる。路地と坂道を抜けた先には、突如として、美しい尾道水道や寺社建築が姿をみせ、別世界に入り込んでしまったような空間が広がる。

尾道は、こうした限られた空間ながら実に様々な顔を見せ、今も昔も多くの人を惹きつけてやまない。

左:ベッチャー祭/右:斜面地の坂道 左:ベッチャー祭/右:斜面地の坂道

詳細(PDF)

ページの先頭に戻る