一輪の綿花から始まる倉敷物語~和と洋が織りなす繊維のまち~STORY #049

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トワイライトタイムの倉敷美観地区 トワイライトタイムの倉敷美観地区 トワイライトタイムの倉敷美観地区
旧大原家住宅と大原美術館 旧大原家住宅と大原美術館 旧大原家住宅と大原美術館
国産ジーンズ発祥の地・児島 国産ジーンズ発祥の地・児島 国産ジーンズ発祥の地・児島
倉敷川畔の町並み(くらしき川舟流し) 倉敷川畔の町並み(くらしき川舟流し) 倉敷川畔の町並み(くらしき川舟流し)
倉敷川畔伝統的建造物群保存地区 倉敷川畔伝統的建造物群保存地区 倉敷川畔伝統的建造物群保存地区
倉敷アイビースクエア(旧倉敷紡績所倉敷本社工場) 倉敷アイビースクエア(旧倉敷紡績所倉敷本社工場) 倉敷アイビースクエア(旧倉敷紡績所倉敷本社工場)

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  • 錦莞莚(きんかんえん)【市指定重要文化財】

    錦莞莚(きんかんえん)【市指定重要文化財】

    錦莞莚とは花莚(花むしろ)の一種で、1878(明治11)年に倉敷市茶屋町出身の磯崎眠亀が発明した岡山県最初の本格的な紋様織込花莚です。明治期にはアメリカを主とした海外への輸出品として成功をおさめるとともに、国内外の博覧会等で数多くの賞に輝き、岡山県南におけるイ草・花莚産業の礎になりました。
    明治初期までの花莚と比べ、経糸の数が3倍(幅一尺につき120本)になっているため、イ草で編んだものとは思えないほど精巧緻密なものに仕上がっています。しかも、経糸の数を増やして織っても、伸縮性のないイ草が切れないように、特別な方法と織機で製造されています。しかし、その分、値段が高く、国内ではなかなか売れなかったようです。
    明治20年代には岡山・香川に磯崎製莚所が設けられて最盛期を迎えましたが、花莚不況や輸出関税障壁の影響を受けて徐々に生産を減らし、昭和初期に造られたものが最後といわれています。職工も既に亡くなり、錦莞莚に適したイ草の入手も難しいため再生産が困難で、今では「幻の花莚」になってしまっています。磯崎眠亀記念館に展示しています。

    倉敷市茶屋町195
    086-428-8515
    http://www.city.kurashiki.okayama.jp/5506.htm

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  • 板敷(いたじき)水門【市指定史跡】

    板敷(いたじき)水門【市指定史跡】

    岡山藩によって1845(弘化2)年から1852(嘉永5)年にわたり干拓された福田新田は625万平方メートルにも及び、それを囲む堤防には余水・悪水を排出するための水門が3カ所に築かれました。そのうちの一つが板敷水門です。
    幅10m、深さ6mに積み上げられた水門の石垣は、花崗岩を用いた高度な切り込み剥ぎの技法が使われており、築造年を表わす「嘉永二年 夏六月造」(1849年)の銘が刻まれています。また、水門奉行・手代など水門築造に係わった人々の名前が刻まれた石材片なども指定に含まれています。
    現在の倉敷市の大半は江戸時代以降の新田開発によるもので、その名残りといえる板敷水門はこうした倉敷市の歴史を伝える貴重な遺産です。

    倉敷市南畝4丁目、潮通3丁目
    http://www.city.kurashiki.okayama.jp/5530.htm

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  • 蓮台寺(れんだいじ)【県指定重要文化財】

    蓮台寺(れんだいじ)【県指定重要文化財】

    蓮台寺は、寺伝によると、733(天平5)年に、行基によって開基されたと伝えられています。その後、興廃を繰り返し、1394~1428年(応永年間)に増吽により再興されました。
    客殿は、桁行8間、梁間5間、本瓦葺裳階付入母屋造の堂々たる建造物で、寛政から文化年間の再建とされ、1992~1994(平成4~6)年にかけて行われた保存修理工事の際には、1801(享和元)年の上棟棟札が発見されています。その内部は6室から成り、上々段制を採用した武家特有の形式を示す書院造となっています。
    孔雀の間、柳の間など各室の襖や貼付壁には、室の名称となっている花鳥図や山水図の画題が四条派画人柴田義董などの手によって描かれており、県内でも有数の障壁画群として広く一般に公開されています。

    倉敷市児島由加2855
    086-477-6222
    http://yugasan.jp/

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  • 由加(ゆが)神社【県指定重要文化財】

    由加(ゆが)神社【県指定重要文化財】

    由加神社本殿は、江戸時代、麓に門前町が栄えた由加山の社叢の一角に巨石を背にして立つ華麗な小建築です。神仏分離令までは由加大権現を奉祀する社殿でしたが、1872(明治5)年に由加神社となりました。
    本殿は桁行3間、梁間1間の三間社で、正面に3間の向拝が取り付き、背面を除く3間に擬宝珠高欄付きの縁があります。屋根は大正の改修時に銅板葺に改められていますが、入母屋造の屋根二棟をひとつの屋根にまとめた比翼入母屋造といわれる形式で妻入として比翼の破風の美しさを正面にみせています。
    身舎は円柱を使い、正面には桟敷を入れ、両側面は板壁で金箔を貼り、内部は内陣と外陣に分けられ、航海安全の神が祀られています。また、壁や柱などの細部に施された装飾彫刻や極彩色からは、創建当時の輝きとともに江戸前期の様式を伺うことができます。

    倉敷市児島由加2852
    086-477-3001
    http://www.yugasan.or.jp/

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  • 旧野﨑家住宅【国指定重要文化財・県指定史跡】

    旧野﨑家住宅【国指定重要文化財・県指定史跡】

    江戸時代後半、児島半島の南側を中心に広大な塩田開発を行い、「塩田王」と呼ばれた野﨑武左衛門が、1833(天保4)年から築いた居宅です。
    およそ3,000坪の敷地内には、主屋群を中心に6棟もの土蔵群が軒を連ねており、美しい枯山水の庭園のあちこちに茶室が見られるなど、当時の勢いをうかがわせます。
    ※塩田に関する資料や歴史なども閲覧可能です。

    倉敷市児島味野1丁目11-19
    086-472-2001
    http://www.nozakike.or.jp/

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