JAPANESE | ENGLISH
HOME > MAP & LIST > 薩摩の武士が生きた町

STORY #082

薩摩の武士が生きた町
~武家屋敷群「麓」を歩く~

0

0

0

0

STORY

勇猛果敢な薩摩の武士を育んだ地,鹿児島。
そこには,本城の鹿児島城跡や,県内各地の山城跡の周辺に配置された麓と呼ばれる外城の武家屋敷群が数多く残っています。
麓は,防御に適した場所に作られ,門と玄関の間に生垣を配置する等,まるで城の中のように敵に備えた構造を持っていました。
そこでは武士達が,心身を鍛え,農耕に従事し,平和な世にありながら武芸の鍛錬に励みました。
鹿児島城跡や麓を歩けば,薩摩の武士達の往時の生き様が見えてきます。

詳細を表示 構成文化財一覧

構成文化財一覧

LOCATION

鹿児島県(鹿児島市,出水市,垂水市,薩摩川内市,いちき串木野市,南さつま市,志布志市,南九州市,姶良市)

ACCESS

鹿児島市(鹿児島城跡)
  • 高速バス
    • 鹿児島空港~天文館バス停(徒歩)~鹿児島城(約65分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~鹿児島北IC~鹿児島城跡(約55分)
    • 鹿児島中央駅~鹿児島城跡(約10分))
  • バス
    • 鹿児島中央駅バス停~市役所前バス停(徒歩)~鹿児島城(約20分)
鹿児島市(喜入旧麓)
  • 高速バス・電車
    • 鹿児島空港~鹿児島中央駅(指宿枕崎線)~喜入駅(徒歩)~喜入旧麓(約110分)
       
    • 溝辺鹿児島空港IC~谷山IC~喜入旧麓(約80分)
    • 鹿児島中央駅~喜入旧麓(約50分)
  • バス
    • 鹿児島中央駅バス停(鹿児島交通山川桟橋行)~喜入バス停(徒歩)~喜入旧麓(約100分)
出水市(出水麓)
    • 出水駅~出水麓(約5分)
    • 鹿児島空港~出水麓(約80分)
  • バス
    • 出水駅(いずみふれあいバス出水循環便)~上町(約5分)
    • 出水駅(いずみふれあいバス折尾野・太田原便)~出水小学校前(約5分)
  • 観光バス
    • 出水駅~ツル観察センター~出水麓武家屋敷群~出水駅※12月1日~2月末まで運行・1周約1時間
  • 高速バス
    • 鹿児島空港~出水本町(約80分)
出水市(野間の関)
    • 出水駅~野間の関(約15分)
    • 鹿児島空港~野間の関(約95分)
  • バス
    • 出水駅(いずみふれあいバス針原・切通便)~野間之関(約40分)
  • 高速バス・バス
    • 鹿児島空港~出水駅(いずみふれあいバス針原・切通便)~野間之関(約120分)
       
出水市(湯川内温泉)
    • 出水駅~湯川内温泉(約20分)
    • 鹿児島空港~湯川内温泉(約100分)
垂水市(垂水麓)
  • バス
    • 鹿児島空港~垂水中央(約150分)
    • 鹿児島中央駅(バス)~鴨池港(フェリー)~垂水新港(バス)~垂水中央(約100分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~国分IC~垂水市(約70分)
    • 鹿児島中央駅~鴨池港(フェリー)~垂水新港(バス)~垂水中央(約80分)
薩摩川内市(入来麓)
  • バス
    • 鹿児島空港~入来中前+徒歩(約60分)
    • 川内駅(路線バス・入来鉄道記念館前行)~入来駅バス停(約30分)
    • 鹿児島空港~入来麓(約50分)
    • 川内駅~入来麓(約25分)
里麓
  • バス・高速船
    • 鹿児島空港(空港バス)~川内駅~川内港ターミナル~里港(約150分)
    • 川内駅~川内港ターミナル~里港(約75分)
  • バス・フェリー
    • 鹿児島空港(空港バス)~川内駅~串木野新港~里港(約210分)
    • 川内駅~串木野新港~里港(約110分)
  • 車・フェリー
    • 溝辺鹿児島空港IC~串木野IC~串木野新港~里港(約135分)
    • 川内駅~串木野新港~里港(約110分)
手打麓
  • バス・高速船
    • 鹿児島空港(空港バス)~川内駅~川内港ターミナル~長浜港(バス)~麓(約220分)
    • 川内駅(バス)~川内港ターミナル~長浜港(バス)~麓(約120)
  • バス・フェリー
    • 鹿児島空港(空港バス)~川内駅~串木野新港~長浜港(バス)~麓(約340分)
    • 川内駅(バス)~串木野新港~長浜港(バス)~麓(約240分)
  • 車・フェリー
    • 溝辺鹿児島空港IC~串木野IC~串木野新港~長浜港~麓(約260分)
    • 川内駅~串木野新港~長浜港~麓(約225分)
串木野市(串木野麓)
  • バス・鉄道
    • 鹿児島空港(連絡バス鹿児島空港線)~鹿児島中央駅~串木野駅(路線バス・冠岳・野下線)→串木野IC入口(約80分)
    • 溝部鹿児島空港IC→串木野IC→串木野麓(約55分)
    • 川内駅~薩摩川内都IC~串木野IC~串木野麓(約15分)
  • 鉄道・バス
    • 鹿児島中央駅~串木野駅(路線バス・冠岳・野下線)~串木野IC入口(約55分)
南さつま市(加世田麓)
  • 高速バス
    • 鹿児島空港~加世田バスセンター(約75分)
    • 鹿児島中央駅(新幹線リレー号)~加世田バスセンター(約60分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~谷山IC~加世田麓(約75分)
    • 鹿児島中央駅~加世田麓(約60分)
志布志市(志布志麓)
  • バス
    • 鹿児島空港~志布志(約110分)
    • 鹿児島中央駅~志布志(約150分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~曽於弥五郎IC~志布志(約90分)
    • 鹿児島中央駅~曽於弥五郎IC~志布志( 約100分)
    • 宮崎空港~都城IC~志布志(約90分)
  • 鉄道
    • 宮崎駅(日南線)~志布志駅(約160分)
  • フェリー
    • 大阪南港~志布志港 14時間
南九州市(知覧麓)
  • バス
    • 鹿児島空港(空港高速バス)~鹿児島中央駅(鹿児島交通バス・知覧行)~武家屋敷入口バス停(約120分)
    • 鹿児島中央駅(鹿児島交通バス・知覧行)~武家屋敷入口バス停(約80分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~知覧IC~知覧中心部(約75分)
姶良市(蒲生麓)
  • バス
    • 鹿児島空港(高速バス)~蒲生支所前(約30分)
    • 鹿児島中央駅~蒲生支所前(約60分)
    • 溝辺鹿児島空港IC~姶良IC~蒲生麓(約30分)
    • 鹿児島中央駅~蒲生麓(約35分)

CONTACT

  • 鹿児島市教育委員会文化財課
  • TEL:099-227-1962/FAX:099-222-8796
  • webサイト
  • 出水市文化財課
  • TEL:0993-63-2108/FAX:0996-63-2202
  • 垂水市教育委員会社会教育課文化スポーツ係
  • TEL:0994-32-7554/FAX:0994-32-7554
  • 薩摩川内市教育委員会文化課
  • TEL:0996-23-5111/FAX:0996-25-0776
  • いちき串木野市教育委員会社会教育課文化振興係
  • TEL:0996-21-5128/FAX:0996-36-5044
  • webサイト
  • 南さつま市教育委員会生涯学習課
  • TEL:0993-76-1810
  • 志布志市教育委員会生涯学習課文化財管理室指定文化財課係
  • TEL:099-472-1111/FAX:099-472-1880
  • 南九州市教育委員会文化財課(ミュージアム知覧)
  • TEL:0993-83-4433/FAX:0993-83-3055
  • webサイト
  • 知覧武家屋敷庭園有限責任事業組合
  • TEL:0993-58-7878/FAX:0993-58-7877
  • webサイト
  • 姶良市企画部商工観光課
  • TEL:0995-66-3145/FAX:0995-65-7112

STORY

薩摩の武士が生きた町

close

【鹿児島県の中世山城跡】

薩摩の武士というと,勇猛果敢なことで知られており,そのふるさとである鹿児島は,本城の鹿児島城や,中世以来の山城(やまじろ)の跡と,その周辺に配置された外城の武家屋敷群とが江戸時代を通じて残り,今も県内各地に数多く残っている全国で唯一の地域です。

鹿児島の県土は,遠い昔に今の鹿児島湾から噴出した火砕流が堆積した,数10mから時には100mを超える厚さのシラスの台地から成っています。このため広い平野部は少なく,薩摩藩内の山城は,このシラス台地を利用して,その端に当たる場所に築かれています。

清色城跡(入来麓)の堀切

山城は戦国時代までは日本中にありましたが,江戸幕府の命令で破壊され,一つの藩に一つの城という制度に変わりました。ところが薩摩藩では,破壊すると田畑に土が流れてくると幕府に言い訳し,山城を壊さなかったため,15mを超えるような空堀に囲まれて,武士達が戦時に籠る曲輪などがいくつも集まっている山城の跡が,県内各地に数多く残っています。

実際は,いざという時の拠点として残していたとも言われ,山城では,鉄砲や弓などの軍事訓練が行われることもありました。

【薩摩藩独自の防御システム「外城制度」と麓】

中世以来の守護大名であり,戦国時代末には九州全土を平定する勢いだった薩摩の島津氏は,豊臣秀吉の九州平定で敗れ,領地を大幅に削減されましたが,武士の数は減らしませんでした。このため,薩摩藩は他の藩より武士の割合が高くなり,全人口の4分の1程度を武士が占めていました。そこで,他の藩のように,本城である鹿児島城の城下に全ての武士を集住させることができず,独自の外城制度として,各地の山城の周辺に「麓」(武家屋敷群)をつくり,数十人から時には数千人を配置することにしました。

こうして,各地に武士団の集住地が存在する,薩摩藩独自の制度が生まれたのです。麓は,シラス台地の端にある山城と近くを流れる川に挟まれた,防御に適した場所に多く作られ,その数は,江戸時代末の薩摩藩領内には120か所もありました。

外城制度の要,鹿児島城跡

【麓内の構造と特徴】

麓の中心には,「仮屋」と呼ばれた役所や,私領の場合は領主の屋敷がありました。その周囲を「馬場」と呼ばれる何本かの広い道と,人が歩ける程度の狭い道とで町割され,その間に武家屋敷がそれぞれ隣接するように配置されました。

馬場は,メインストリートであると同時に,武士達が馬術の鍛錬をする場所でした。道の両側の武家屋敷は,近くを流れる川から持ってきた玉石等で作られた石垣と,その上に設けられた高い生垣に囲まれており,屋敷内から攻撃しやすい造りです。

屋敷内に入ろうとすると,門と玄関の間にも石垣や生垣があり,まっすぐには進めません。逆に主の部屋の縁側から顔を出すと,入口まで見通せて来訪者を確認できます。

石垣,生垣,武家門で構成される武家通り(出水麓)

これらは,全て侵入者に対する備えであり,麓はまるで,城の中のように敵に備えて作られていることがわかります。そのような中でも庭園の多くは,付近の山城などを借景として美しく造られており,山城と麓の一体化した景観を象徴しています。

【陸上・海上交通の要衝】

国境にある出水麓には3,000人近い武士が配置され,近くの野間の関では,厳しい検問が行われました。鹿児島弁が他の地方の言葉と著しく異なることを利用して,幕府の隠密を見つけ出していたとも言われています。

薩摩藩は,関ケ原の戦いでは敗れた西軍に属し,戦いのあと,藩内に臨戦態勢を敷きながら,幕府と交渉し,ようやく領地を安堵されたことから,幕府や隣接する藩への警戒感が強い藩だったのです。海上交通の要衝にある手打麓や志布志麓などには,交易船を取り締まる津口番所がありました。

交通の要衝にあった里麓

【麓の武士達の暮らし】

麓の子ども達は,郷中教育といって,集落ごとに年長者が年少者を教える集団教育の方法で育てられました。

その教材として,戦国時代に加世田麓を治めた島津忠良が作った日新公いろは歌(古の道を聞きても唱へても我が行にせずばかひなし)などの人生訓が使われました。その精神は,今の鹿児島の教育にも受け継がれています。郷中教育では,相撲や剣術(示現流)など体を鍛える修練や詮議という解決策を皆で考えあう訓練が重んじられていました。

幕府や他の藩の武士達が,平和な江戸時代に次第に官僚化し武芸を疎かにしていく一方で,麓の武士達は,地方行政を担う傍ら武芸の鍛錬にはげみ,他の麓との武芸の対抗戦を行うことで,更に磨きをかけました。

禄高が低い武士達の多くは農耕に従事し生活しており,また,用水路や石橋の築造を行うこともあったため,普段から体を鍛えることになり,麓の武士達は,日本最強といわれる武士団となっていきました。

勇壮な士踊(加世田麓)

幕末期,薩摩藩の軍事力の土台となったのが,麓の武士達でした。彼らが出陣する際には,普段,一緒に訓練している麓を中心とした「郷(外城)」という地区を単位とした部隊編成が行われています。

薩摩藩の風土が生んだ麓,その麓で鍛錬していた藩内各地の武士達の活躍が,明治維新を成し遂げるための大きな力となり,我が国を近代化へと突き動かしていくのです。

このような薩摩の武士達も,豚骨料理やつけあげを肴に焼酎で「ダレヤメ(疲れを取るための晩酌の意)」をしたり,温泉で鍛えた体を癒したりしました。

武士ならではの勇壮な祭りや農耕に従事した武士や領民を慰めるための祭りが伝えられ,武士達の信仰を集めた麓周辺の社寺等で奉納されています。農耕だけで生活できない武士が作った素朴な人形なども伝えられており,武士達の人間味あふれる側面を垣間見ることができます。

鹿児島には,最強といわれる武士団を育んできた山城と麓を中心とした歴史的景観が,現在も大切に残されています。中世の山城跡と近世の武家屋敷群がコンパクトに体感できる独特な町並みを歩けば,どこを訪れても,往時の武士達の生き様をしのぶことができます。「ゆくさ,おじゃったもした (ようこそ,おいでくださいました) 鹿児島」

中世山城跡と近世の武家屋敷群がコンパクトにまとまった入来麓

閉じる