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STORY #043

300年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊

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STORY

京都府北部の丹後を訪れると、
どこからか聞こえてくるガチャガチャという機織りの音。
丹後は古くから織物の里であり、
江戸時代に発祥した絹織物「丹後ちりめん」は、
しなやかで染色性に優れ、友禅染などの着物の代表的な生地として、
我が国の和装文化を支えてきた。
この地は今も着物の生地の約6割を生産する国内最大の絹織物産地であり、
織物の営みが育んだ、住居と機場が一体となった機屋や商家、
三角屋根の織物工場の町並みと、
民謡宮津節で歌い継がれた天橋立などの象徴的な風景を巡れば、
約300年に渡る織物の歴史と文化を体感できる。

詳細を表示 構成文化財一覧 詳細 [PDF 4.8M]

構成文化財一覧

  • 文化財の名称

    指定等の状況

    文化財の所在地
  • 絁の碑

    未指定

  • 丹後の紡織用具及び製品

    国指定重要有形民俗文化財

  • 丹後ちりめん

    未指定

  • 八丁撚糸機

    未指定

  • 禅定寺

    未指定

  • 常立寺

    未指定

  • 金刀比羅神社

    未指定

  • 丹後織物工業組合中央加工場

    未指定

  • 足米機業場

    未指定

  • 網野弥栄の機屋の町並み

    未指定

  • 丹後ちりめん小唄

    未指定

  • 京丹後ちりめん祭

    未指定

  • 旧三上家住宅

    国指定重要文化財 、府指定名勝

  • 今林家住宅

    国登録有形文化財

  • 清輝楼

    国登録有形文化財

  • 茶六本館

    国登録有形文化財

  • 新浜の町家

    未指定

  • 民謡 宮津節

    未指定

  • 宮津おどり

    未指定

  • 大橋立

    国指定特別名勝 、国選定重要文化的景観

  • 智恩寺

    国指定特別名勝 、国選定重要文化的景観

  • 智恩の餅

    未指定

  • 成相寺

    国指定史跡、国選定重要文化的景観

  • 龍神社

    府指定有形文化財(建造物)、国選定重要文化的景観

  • 龍神社奥宮真名井神社

    府指定有形文化財(建造物)、国選定重要文化的景観

  • 傘松公園

    国指定特別名勝地内 、国選定重要文化的景観地内

  • 大内峠一字観公園

    未指定

  • ちりめんの道の機屋の町並み

    未指定

  • ちりめん街道

    国選定重要伝統的建造物群保存地区

  • 旧尾藤家住宅

    府指定文化財 (重伝建特定物件)

  • 西山機業場の建物群

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 織物見本帖「橋立」

    未指定

  • 下村与七家住宅

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 下村五郎助家住宅

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 杉本治助家住宅

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 旧加悦町役場庁舎

    府指定建造物

  • 旧加悦鉄道加悦駅舎

    町指定文化財

  • 旧加悦鉄道2号機関車(1 2 3号機関車)

    国指定重要文化財

  • 丹後ちりめん歴史館

    未指定

  • 織物始祖祭

    未指定

  • 金色蚕糸神祭

    未指定

  • 実相寺

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 三河内曳山行事

    府登録無形民俗文化財

  • 倭文神社

    府登録建造物

  • 後野の屋台行事

    府登録無形民俗文化財

  • 加悦・算所の屋台行事

    未指定

  • 宝厳寺

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 吉祥寺

    未指定 (重伝建特定物件)

  • 丹後大仏

    未指定

LOCATION

京都府 (宮津市, 京丹後市, 与謝野町, 伊根町)

ACCESS

  • 鉄道
    • JR東京駅(新幹線)~JR京都駅(JR山陰本線)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~京都丹後鉄道天橋立駅(新幹線・特急利用で約4時間30分)
    • JR大阪駅(JR福知山線)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~ 京都丹後鉄道天橋立駅(特急利用で約2時間10分)
    • JR京都駅(JR山陰本線)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~京都丹後鉄道天橋立駅(特急利用で約2時間)
    • JR京都駅(JR山陰本線)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~京都丹後鉄道天橋立駅(特急利用で約2時間)
    • 東京(東名高速道路、名神高速道路)~大山崎JCT(京都縦貫自動車道)~宮津天橋立IC(高速利用で約7時間10分)
    • 大阪(中国自動車道)~吉川JCT(舞鶴若狭自動車道)~綾部JCT(京都縦貫自動車道)~宮津天橋立IC(高速利用で約2時間)
    • 京都(名神高速道路)~大山崎JCT(京都縦貫自動車道)~宮津天橋立IC(高速利用で約1時間30分)
  • 飛行機
    • 各空港〜関西国際空港(南海鉄道)~JR新今宮駅(JR環状線)~JR大阪駅(JR福知山線)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~ 京都丹後鉄道天橋立駅(関西国際空港から特急利用で約3時間)
  • 高速バス
    • JR東京駅(高速バス)~JR福知山駅(京都丹後鉄道宮福線)~京都丹後鉄道天橋立駅(高速バス、鉄道利用で約8時間30分)
    • JR大阪駅(高速バス)~京都丹後鉄道天橋立駅(高速バス利用で約2時間40分)
    • JR京都駅(高速バス)~京都丹後鉄道天橋立駅(高速バス利用で約2時間15分)

CONTACT

  • 京都府文化スポーツ部文化スポーツ総務課
  • TEL:075-414-4181

STORY

300年を紡ぐ絹が織り成す丹後ちりめん回廊

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丹後の絹織物の始まり

丹後ちりめん

京都府北部の丹後の地を訪れると、どこからともなくガチャガチャという機織りの音が聞こえてくる。丹後は、特に秋から冬は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるほど、雨や雪の日が多い湿潤な気候で、糸が切れるため乾燥を嫌う絹織物の生産に適していた。そのため、奈良時代には聖武天皇に絹織物「絁」を献上し、南北朝時代のものとされる「庭訓往来」では絹織物「丹後精好」が記されるなど、古くから織物の里であった。

「丹後ちりめん」の誕生

丹後の内陸部では、農業と織物が人々の生活を支えたが、江戸時代に京都西陣で絹織物「お召ちりめん」が開発されると、絹織物「丹後精好」が売れず、農業も凶作が続き、人々は危機に直面した。ちりめんは、生地に「シボ」と呼ばれる細かい凸凹がある美しい光沢を持つ織物で、当時その技術は門外不出とされていた。そうした中、峰山(京丹後市峰山町)の絹屋佐平治は、人々を救うため、禅定寺の聖観世音菩薩に断食祈願し、京都西陣で修業し研究を重ね、享保5年(1720年)、独自のちりめんを会得した。

時をほぼ同じくして、加悦(与謝野町後野地区)の木綿屋六右衛門も、ちりめん技術導入のため、西陣に加悦の手米屋小右衛門と、三河内(与謝野町三河内地区)の山本屋佐兵衛を送り出し、享保7年(1722年)にその技術を持ち帰らせた。こうして、ちりめん技術を習得した四人は、その技術を惜しみなく地域の人々に教え、ちりめんは瞬く間に丹後地域全体に広まり、住民自らの努力で、その新たな織物技術を駆使し、苦難を乗り越えた。


左:丹後ちりめんの「シボ」/右:丹後ちりめんの着物

「丹後ちりめん」が育んだ町並みと文化

その後、「丹後ちりめん」は、ちりめんの代表的存在として、「シボ」があることで、しなやかな風合いで、発色性に富むことから、友禅染めなどによって美しく彩られる着物の生地として定着し、我が国の和装文化を支えてきた。人々は生地に多彩な模様を施す紋ちりめんの開発や、産地での精練(湯で煮て、絹糸を覆っているタンパク質(セリシン)を取り除く工程)・検査制度の確立などの品質向上の努力を続けた。昭和30~40年代には、ガチャっと織れば万単位で儲かる「ガチャマン」と呼ばれた最盛期を迎えるなど、丹後は絹織物の一大産地として発展し、周辺地域でも養蚕や製糸業を振興するなど、府北部全体の発展に大きく貢献した。

「丹後ちりめん」は、この地の代表的な伝統産業として、人々の生活を支えるとともに、地域の歴史や文化に幅広く影響を与え、町並みや賑わいを育み、往時の繁栄ぶりが伝統芸能に今も息づいている。

足米機業場

峰山・大宮・網野・弥栄(京丹後市)は、「丹後ちりめん」の主な生産地で、現在もノコギリの歯のような三角屋根の織物工場の建物が残り、住居と機場が一体となったこの地の典型的な機屋の家並みが点在している。

また、江戸時代の峰山藩は約1万3千石の小藩であったが、「丹後ちりめん」が特産品として藩の財政を豊かにした。藩主の京極家が建立した金刀比羅神社は、ちりめんによる繁栄を背景として、広大な境内や多くの社殿群を有し、明治時代の盛大な祭礼巡行の姿を描いた絵馬が残り、華やかな屋台などによる祭礼が今も行われている。同神社の境内にある養蚕の神を祀る木島神社は、ちりめんの原料の生糸を供給した糸商人や養蚕家が創建し、養蚕の大敵であるネズミを退治する珍しい狛猫が奉納されており、絹の恵みに感謝し、その文化を大切に守り続けた人々の営みを伝えている。


左:金刀比羅神社/右:木島神社の狛猫

江戸時代に宮津藩の城下町として栄えた宮津(宮津市)は、幕末までは「丹後ちりめん」の生産地であるとともに、ちりめんを主に京都へ出荷した流通の拠点となり、商業・港湾都市として、多くの商人や船乗りなどが訪れ、花街が形成されるほどの賑わいを見せた。当時流通した「丹後ちりめん」などの全国各地の織物や、この地を訪れたちりめん商人などの多くの人々が巡った、近隣の天橋立や智恩寺などの象徴的な風景が、民謡「宮津節」として歌い継がれている。また、美しい白壁に贅を尽くした座敷や庭園のある糸問屋などの商家と、千本格子のある花街の町家が今も残り、当時の賑わいの面影を伝えている。


左:旧三上家住宅/右:今林家住宅

加悦・野田川・岩滝(与謝野町)は、昭和初期の織物工場や機屋の家並みが見られる「丹後ちりめん」の主な生産地であり、明治から昭和には、加悦と野田川が丹後と京都を結ぶ「丹後ちりめん」の物流拠点としても栄えた。なだらかな坂道が曲線を描く街道筋に、今も機音が聞こえる明治時代の織物工場「西山機業場」や、ちりめんの流通が育んだ懐かしさを感じる木造・土壁の町家などの、明治・大正・昭和の各時代の建造物が建ち並んでいる。まるで屋根のない建築博物館のような「ちりめん街道」と呼ばれる町並みが大切に守られているほか、この町の人々はちりめんの生産・流通で得た資金を道路や発電所、鉄道などの建設に投資し、住民の出資で「加悦鉄道」が大正15年(1926年)に開業した。当時のちりめんによる繁栄ぶりが、華やかな12台の屋台が巡行する三河内曳山行事や後野・算所・加悦の屋台巡行などの「丹後ちりめん」が育んだ祭礼行事として継承されている。


左上:天橋立/右上:ちりめん街道/左下:丹後ちりめん歴史館/右下:三河内曳山行事

現代に受け継がれる
「丹後ちりめん」の技術と文化

丹後地域は、現在も国内の着物の生地(和装用表白生地)の約6割を生産し、生糸の3割以上を消費する国内最大の絹織物産地である。「丹後ちりめん」の優れた織りの技術は現代に受け継がれ、和装だけでなく、洋装の服地のほか、スカーフ等の小物やインテリア用品等にも活用されている。

また、水に濡れても縮みにくく、摩擦に強いハイパーシルク加工技術や、ポリエステルちりめんの開発など、様々な分野へ展開しており、約300年に渡り継承される「丹後ちりめん」が育んだ織物の歴史と文化は、人々の不断の努力により、今も響く機織りの音とともに未来へと紡がれている。

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